「暗幕のゲルニカ」原田マハ

 ゲルニカ。
 既存の美術的価値観を破壊した20世紀美の創造主、パブロ・ピカソの代表作。
 縦350センチ・横780センチの巨大なカンヴァスにモノクロームで繰り広げられた阿鼻叫喚の図。
 死んだ子供を抱いて泣き叫ぶ母親。戦慄して振り返る牡牛。折れた剣を握りしめて息絶えた兵士。
 腹を切り裂かれ、いななきわめく馬。灯火を掲げて窓から乗り出す女。驚いて駆け出す女・・・
 1937年パリ万国博覧会スペイン館のメイン展示物として制作されたこの絵は、同年4月26日スペインバスク地方最古の町であるゲルニカが、ナチス・ドイツの協力を得た反乱軍によって徹底的に爆撃破壊されたことを題材としている。
 いわば、「戦う相手は政府でもファシズムでもない。戦争、暴力、憎悪である」という、ピカソによる反戦の強烈なメッセージである。しかし、世界に新たな大戦勃発の予感がするこの時代、この絵は美術史上最大の問題作であった。
 やがて全ヨーロッパが戦場となる中、絵は、大西洋を渡ってアメリカに亡命する。
 そして「スペインが真の民主主義を取り戻すその日まで、この絵をスペインに還さないでほしい」というピカソの要望を受け入れ、絵はMoMA(ニューヨーク近代美術館)に1980年代まで貸与された。
 フランコ独裁政権が倒れてスペインが民主主義国家になった今、ゲルニカは、ピカソの母国であるスペイン国立レイナ・ソフィナ芸術センターに存在している。

 本作はこの「ゲルニカ」という有名な絵画をテーマとしたアーティスティックミステリー。
 「楽園のカンヴァス」と同じMoMA(ニューヨーク近代美術館)も主要な舞台となっており、一部登場人物は重なっています(ヒント169ページ)。といっても、そこを読んだとき「あら?」となったので思い出しましたが、ほぼ忘れてますけどね。
 美術界ではマイノリティである日本人女性のMoMAキュレーター(学芸員)八神瑤子が主人公です。
 3・11のテロで、最愛の夫を亡くした彼女が企画したのは「ピカソの戦争展」。
 戦争を憎み、反戦のシンボルでもあるピカソの企画展を、今こそニューヨークでやるべきだと意気込む瑤子。
 その目玉となるのは、ピカソの代表作である「ゲルニカ」でなければなりません。
 ピカソの研究を長年続けてきた彼女にとって、「ゲルニカ」は人生を変えてくれた絵画でもありました。
 しかし「ゲルニカ」は、スペインに還ってから一度も外には出されていません。
 当然、交渉は非常に厳しく、暗礁に乗り上げてしまいます。
 そしてイラクへの武力行使が国連安全保障理事会で決議された日、国連の議場ロビーに飾られている「ゲルニカ」の精巧なタペストリーが、何者かによって“暗幕”がかけられるというミステリーが発生するのです。
 しかも、なぜかMOMAの、それもピカソの専門家である瑤子に嫌疑がかけられ・・・
 反戦の象徴である「ゲルニカ」を消してしまったのは、いったい誰なのか!?
 風雲急を告げる1937年のパリと、テロに戦慄する2000年代初頭の運命が「ゲルニカ」を通して烈しく交錯する意欲作。

 こういうのはもう、原田マハにしか書けないね。
 キュレーターとしての経歴も一級ですから。論文は読んだことないですが、やっぱモダンアートが専門だったのかな。
 芸術を小説のテーマにするのは、非常に難しいと思います。
 ピンとこないもんね、よほどその作品に覚えがないと。
 私なんて、ゲルニカがスペインの町の名前だったと初めて知ったし、あのシワシワが馬の肛門だったことも知らなんだ。
 まあ巨大な実物を見たことがありませんから、見ても私の感性では感受できないでしょう。
 いい絵は詩みたいなもので、作者がすべてを表す小説とは違って、詩みたいに読むもの(見るもの)に感じさせる部分を残しておかなければならない、とはよく聞いた言葉ですが、「ゲルニカ」はどうでしょうか。
 「ゲルニカ」と対話できる方はいらっしゃいますか。
 おそらく、この絵をあの時代に見ることと、今見るのとではずいぶんと違うでしょうね。
 今見たら、まあ一応来歴も揃っていますし、ピカソの代表作とも云われていますから、先入観で見る目は違いますよね。
 これが、製作された当時だったらどうだろう。
 一部始終の過程を撮影した愛人で写真家のドラ・マールはともかく、いったい何人の人間がこの絵の価値を理解できたでしょうかね。感応できたでしょうかね。無理なんじゃないかな。
 とすると、万博のパビリオンという公共の場でね、ピカソが真剣に世の中に反戦を訴えるには、抽象画ではなくてもっと万人にわかりやすい物のほうがよかったんじゃないですかね?
 政治的プロパガンダとして絶対にそっちのほうがいい。本当に戦争が憎かったのならば、それで万一ナチスに捕まって殺されても、「私は死すとも私の絵は死なない。未来永劫に」とでも気高くのたまわって死ねばいい。
 私はそう思います。そして、どうしてそれをピカソがしなかったかといえば、ナチスに怖気づいたからではなくて、絵画を通して対話できるものを対象に描いたのではないかと思うのです。絵画はある意味、暗号ですね。
 未来永劫にこの世界からは戦争は消えないだろう、ならば暗号として「ゲルニカ」を残そう、暗号を解読できるものならば、戦争の悲惨さを身にしみて理解できるであろうから、と。
 いっぽうで、戦争は絶対になくならないとピカソはわかっていた。
 まあもちろん、愛人が何人もいるようなエロ親父だから、実際のところは何を考えていたかそれはわかりません。
 でも、これがこの小説の流れに一番沿った、この絵画の有り様でしょうね。おそらく。


 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
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この記事へのコメント

- ひだまりさん。 - 2016年05月03日 01:25:20

こんばんは。
夜分遅くに失礼します。

私もこの小説を読んで初めて「ゲルニカ」が町の名前だと知りました。
有名な絵画も、本を読むまで知らなかったくらいです。
「この絵をあの時代に見ることと、今見るのとではずいぶんと違うでしょう」
・・・確かに、と思いました。
今の時代だったらピカソの絵というだけで名画という視点で鑑賞しますが、その当時だったらどうだろう?
ピカソってよくわからない絵(私が疎いだけかも)が多いから、その意図するものを理解できる人って少ないでしょうね。
私も本書を読まなかったら、不気味な絵・・・で終わっていたと思います。

鋭い切り込みのレビューで、興味深かったです。
『カエルの楽園』のレビューもリクエストします(*^_^*)

Re - 焼酎太郎 - 2016年05月03日 14:31:49

どうもですヽ(´ー`)ノ

ひだまりさんなら、当時この絵を実物大で見れば「感応」できたかもしれませんよ。
私は無理だね。「ふーん」で行っちゃう。
おそらく、パリで見たたいていの人がそうだったんじゃないかな。
今だとお金の価値とか、様々な研究によってピカソてっだけで色眼鏡で見てしまう。
価値があるものだと、見ながらに騙される。
服だと1万円と10万円のとでは、明らかにオーラが違いませんか。
絵は違いますよね、難しい。いつの日かSMAPの中居画伯の絵だって高く売れるかもしれません。

まあ、これは小説だから「反戦」をデフォルメしてこういう面白い小説になったわけですが
ラストのオチは皮肉が効いてて非常に良かったと思っています。

さて、では切り替えて、ひだまりさん推薦の「カエルの楽園」と「星を継ぐもの」を読んでみます。
いまちょっと積んでいる(ずっとかな笑)ので、ちょっと待って下さいね。

ありがとうございました☆

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