「死の虫 ツツガムシ病との闘い」小林照幸

 近代以前。
 日本海に面する日本の米どころ、新潟、秋田、山形を死の病が襲った。
 夏、多くの農民が40度近い高熱に苦しめられ、意識を混濁させながら死に至る。
 いったん発症すると、致死率が50%を超える年もあった。
 何が人々の命を奪っていたのか?
 当時の人たちは知るよしもなかったが、死神の正体は、ダニの一種であるツツガムシ。
 それも成虫(1ミリ)ではなく、体長0.2~0.3ミリの幼虫がもたらす脅威であった。
 ツツガムシの幼虫は、人間の吐く息に反応して体に取り付き、噛み付いて栄養たっぷりの細胞液を吸う。
 このときに、幼虫の唾液のなかの微生物リケッチア・ツツガムシが、病原体として人体に注ぎ込まれるのだ。
 噛まれた直後はほとんど自覚しないが、しばらくすると赤い発疹ができて、服とこすれるとイラ、イライラと不快な痛みを覚える。そのまま進行がなければただの虫刺されで終わるのだが、ここから「刺し口」という膿疱状のものが現れるとかさぶたになって、全身の倦怠感、食欲不振、頭痛に襲われるようになる。やがて全身の筋肉や関節が猛烈に痛み、下痢、発熱が起こり、全身に赤い発疹が見られるようになる。発熱は段階的に上昇し、高熱の状態に至れば、最悪の場合、3日ないしは4日ほどで意識朦朧の中で死ぬ。
 健康体であれば出血した箇所のみで起こる血液凝固が、全身のいたる場所で発生する、DICと呼ばれる播種性血管内凝固症候群が致命症である。
 もちろん、コレラがコレラ菌によって発症すること、マラリアが蚊によって媒介されることさえわかっていなかった当時は、そんなことに考えは及びもしない。人々は、神社や祠を建立し、悪霊を鎮めようとした。
 しかし、近代医学の幕開けとなった明治時代。
 世界的に名声のある日本を代表する医学者・北里柴三郎を筆頭に、当時の日本最高峰の若き医学者たちが、徒手空拳で死亡率の高い未知の病原体が存在する現場に乗り込んで、彼らが「恙虫病(ツツガムシ病)」と名付けた死の病の正体を見破ろうとした。近代日本医学の父と称されるドイツ人医学者フォン・ベルツですら、わからなかったその病の正体。
 それは研究者たちさえ数名が殉職するという、決死の闘いであった。
 本書は、ツツガムシ病と真正面から戦い、数十年の時を要しながらも、ついに病原体、感染経路、病理的変化を突き止めるに至った志高い近代日本医学者たちの魂の記録である。

 はい、怖いですね。
 ツツガムシ病はなくなったわけではありません。今日も全国で発生している病気です。
 戦後アメリカのファイザーが開発した抗生物質で死の病ではなくなりましたが、診断が悪ければ死にます。
 現に、2013年に秋田県で死亡例が出ています。
 そしてツツガムシ病に限らず、ダニ媒介の怖い感染症はいっぱいあります。
 1984年に徳島県で発見された日本紅斑熱(キチマダニ、フタトゲチマダニ)。
 中国で発生したマダニ媒介と云われるSFTS(重症熱性血小板減少症候群)は、2012年に山口県で渡航歴のない方が発症し死亡しました。日本にもあったということです。これはまだ薬がありません。
 国立感染症研究所は、臨床でSFTSとわからなかっただけで、実は2016年3月までに国内で172人が感染し、このうち46人が死亡しているという、驚愕の報告をしました。
 ダニは蚊と一緒で、二酸化炭素に反応するようなので、必ず寄ってきます。
 山や森へ入るときには、絶対に長袖長ズボンでお願いします。
 帰ってきたら、即シャワーなりで体を洗うことも大事らしいです。
 
 しかしまあ、明治の医学者たちはよく戦った。
 日本人はやはり優秀で器用だと思いましたね。
 もちろん、アカデミックな世界ですから、ツツガムシ病の病原体であるリケッチアの命名で揉めたのですが・・・
 「俺が先だった」「そんなことしらん」。
 精神病患者にワクチンを投与したのもどうだったかと思う。人体実験と云われても仕方ありません。
 ただし、発熱療法といって、マラリア原虫を用いて梅毒生精神病患者を発熱させ、梅毒菌を殺して治療したオーストリアの医師であるワーグナー・ヤウレックは1927年にこの業績でノーベル賞を受賞しています。
 だからといって、ねえ。
 この本を読んでふと思い出したのは、日本人は優秀だけど日本人のもつ独特の危険性があると開高健のオッサンが魚釣りをしながら言っていたことですね。
 それでもやっていることは尊いんだけどなあ。


 
 
 
 
 
 
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この記事へのコメント

- ポール・ブリッツ - 2016年09月21日 00:21:01

ちなみに精神病患者に対しては、

「伝統療法で、びっくりさせて直すという方法が世界中にあるな」

「つまり、脳にショックを与えてやれば治るんじゃないか」

「ショックをコントロールできれば治療もコントロールできるよな」

という発想のもと、インシュリンを注射して人為的に低血糖状態を作り出し、患者を昏睡させるということで脳にショックを与えて治す「インシュリンショック療法」というものが実在し、実際に行われ、有効な治療法として大きな成果を上げ、発案者はノーベル賞を獲りました。

現在は行われていません。劇的に効く精神安定剤クロルプロマジンが開発されたのも大きいですが、インシュリンショック療法は、投与するインシュリンの加減が難しく、熟練医でないと「投与の量を間違えて患者がショック死する」という例が多発したからです(ウソではない)。

ついでにいっておくと、脳にショックを与えるという治療法では、脳に電気ショックを与える「電気痙攣療法」というものがあり、こちらは今でも行われています。患者に苦痛を与えないため、麻酔と筋弛緩剤を投与してからショックを与える、精神安定剤が効かないタイプの患者にはほぼ唯一の有効な治療法です。しかし、この治療法が考え出された当時は、麻酔抜きで行われるのが一般的で、患者はものすごい苦痛を味わいました(これまたウソではない)。

さらには脳細胞の一部を切除するロボトミー手術というものが開発され、発案者はノーベル賞を獲っています。この手術で患者はたしかにおとなしくなりますが、廃人になってしまうという非人道的そのものの副作用により、現在では、この授賞は「ノーベル賞の恥」「ノーベル賞最大の誤謬」「暗黒面」と評価されています。そうだよなあ。

で、なにがいいたかったかというと、当時のいわゆる「精神病患者の人権」って、そんなものだったということで……。

Re - 焼酎太郎 - 2016年09月22日 13:58:31

どうもです(・∀・)

ロボトミーにノーベル賞ですか・・・
まだやってる国(韓国とか)があるのは知ってますが、
ノーベル賞とは、それは知りませんでした。びっくりですね。

あんがい、ノーベル賞はけったいなのが多いですね。

電気療法やロボトミーはこの本で知りました。
「精神を切る手術」橳島次郎http://sanjyoumaki.blog136.fc2.com/blog-entry-331.html
怖かったです。

コメントありがとうございます☆

- BIRD READER - 2016年09月22日 21:54:27

ツツガムシ病、過去の病という感覚がありますが、
そうなったのは近代日本黎明期の、
多くの医学者の奮闘の賜物ですね。
しかし一方で、ご指摘のようにSFTSもありますし、
日本各地土着のツツガムシも、まだあるようです。
不必要な感染を防ぐため、また近代日本の歴史を知るためにも、本書は多くの人に読まれる一冊ですね(当方も、10月上旬にレビューをアップする予定です)。

なお、類似例というわけではありませんが、南米のシャーガス病も、日本におけるツツガムシ病と似た風土病です(あちらの方が蔓延度が高いですが)。この対策に日本人が挑んでいるという話も、よリ多くの方に知ってほしい話です。(「中米の知られざる風土病「シャーガス病」克服への道 (地球選書)」等あります。)

Re - 焼酎太郎 - 2016年09月23日 22:33:28

どうもです(*^^*)

マダニとかですね、最近ダニに咬まれて命を落とすような事故が
発生していることは知っていたのですが、
恥ずかしながら、本書を読むまで、ツツガムシ病というのは
植物にとりついて枯らすようなやつだと思っていました(。>﹏<。)

私もよく山や森に入るので、本書にあるようなイラ、イライラみたいな感じで
よく得体の知れないモノに咬まれていたのですよ、あれたぶんダニだったんですねえ。

これからは非常に気をつけようと思った次第です。
有意義な本でした。

コメントありがとうございます☆


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