「エヴェレスト初登頂の謎」トム・ホルツェル/オードリー・サルケルド

 エヴェレストに初登頂した人類は誰だったのか?

 ジョージ・マロリーという名前をどれだけの方がご存知でしょうか。
 私は知りませんでした。夢枕獏の山岳冒険小説を読もうと思って、偶然この名前を発見したのです。
 調べてみると、「どうして山に登るのか、それはそこに山があるから」という有名な問答の原典はマロリーの言葉であり、このイギリス人は伝説の凄いアルピニストで、ある大きな謎を残していることがわかりました。
 いまだ解決していない、マロリーの残した登山史上最大の謎。
 それは、1953年にニュージーランドのエドモンド・ヒラリー卿とシェルパのテンジン・ノルゲイによって成し遂げられた世界最高峰のエヴェレスト公式初登頂のはるか29年前に、実は彼がエヴェレストの頂きを征服していたのではないかという極めて重大な問題で、いまだ続く世界的な論争になっています。
 1924年の6月8日午後12時50分頃、エヴェレストの頂上までわずか数時間の地点で、38歳になるマロリーと21歳のアンドルー・アーヴィンの頂上アタックペアの登攀する姿が、霧の晴れ間からサポートメンバーによって目撃されているのです。
 しかし、彼らが帰ってくることはありませんでした。そのまま行方不明になったのです。
 これはマロリーにとって後がない3回目となるイギリス登山隊によるチャレンジで、また、南極北極探検でまさかの他国に先を越され、残る地理的挑戦として世界に先駆けてのエヴェレスト征服は日の沈まぬ大英帝国の威信がかかっていました。
 はたして、マロリーは地球最高峰の頂きに人類として初めて足跡を残したのか?
 永遠の謎と言われる登山史上最大のミステリーに迫ります。

 しばらくこの謎にとりかかろうと思っているのですが、本書は1988年に刊行された本です。
 そして、本書刊行後の1999年に探検隊によってジョージ・マロリーの遺体は発見されています。
 もちろん遺体の状態は精査され、彼がエヴェレスト登頂を成し遂げたのか調査がなされましたが、それでもまだ結論は出ていません。現在では、本書の著者であるトム・ホルツェルも、本書に書かれた内容とは違う解釈(推測)をしているようです。
 しかし、まず本書を読んだのは、マロリーの日常や家族、交友関係はいうに及ばずイギリスの王立地理学協会やアルパイン・クラブなどの考え方、エヴェレストと隣接するネパールやチベットの国際関係、そして現在とは常識の違う当時の登山事情などこの謎を考える上で極めて詳細で公平な背景が網羅されているからです。
 これからマロリーに関する本を読むにあたって、最大の基礎となる本だと思われます。

 はたしてマロリーは登頂に成功したのか。
 鍵を握っているのは、未発見であるペアのアンドルー・アーヴィンの遺体であろうと思います。
 なぜならカメラが残されている可能性があるからです。
 この21歳のオクスフォード大の学生は、ヒマラヤ未経験ながら頑健で酸素装置などのメカに強く、装備係として3回目の登山隊メンバーとして加えられたのでした。彼をメンバーとして推薦したのは、本来ならマロリーとペアを組んでチャレンジするはずだった地質学者兼登山家のオデルで、彼らの登攀する姿を最後に目撃したのも彼らが最後のアタックに出発した第6キャンプに補給にやってきたオデルでした。当初オデルは彼らの姿を頂上直下のセカンドステップ(岩の崖)で見たと語りましたが、その後、セカンドステップより下にあるファーストステップだったかもしれないと翻したりして、いまだ続く永遠の論争の的になっています。
 なぜ登山経験の浅いアーヴィンをペアにマロリーは選んだのか? それはマロリー自身が当時は信頼性の薄かったという酸素装置による登頂を目指していたからでした。1,2回目の遠征では酸素を使用しなかったマロリーでしたが、ライバルである科学者兼登山家のジョージ・フィンチが酸素を使用してチャレンジするのを実際に見ており、今では当たり前ですが当時は装置自体が重いこともあって異端視されていた酸素装置の使用に踏み切ったのです。おそらくこれが最後のエヴェレストチャレンジだと思っていたかもしれません。1922年の遠征では、マロリーの登攀強行によって現地のポーターが7人も雪崩で死んでいますから、なおさら死んでも後には引けなかったのではないでしょうか。そのためには、酸素装置のメカニックであるアーヴィンを連れていかなくてはならなかったのです。

 実は、1975年の中国エヴェレスト遠征隊のメンバーだった王洪宝という人物が、そのときに8100メートルの地点で西洋人の遺体を発見したと語っているのです。しかし王氏は1980年の日本遠征隊に随行時雪崩に巻き込まれて死亡しており、これ以上の話は聞けませんが、その遺体とはアーヴィンである可能性があります。
 いつの日か、この永遠にわからないと思われていた謎にも、終止符が打たれるときがくるのかもしれません。


 

 
 
 
 
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