「ツリーハウス」角田光代

墓のある家と、ない家。
墓はないけれども、主家があって自分の家系はわかっている家。
この小説に出てくる藤代家には、墓もないし、戦後満州から命からがら脱出してきた祖父母は自分たちの人生を黙して語らず、家のルーツというものがまったくわからないのです。
角田光代はすっかり大作家になりましたね。「八日目の蝉」以来ですが、ほんとうに読みやすくて、巧いなあと感じました。ただ、一気に読めばもっと面白かったのでしょうが、飛び飛びであったため、名前や雰囲気の似ている登場人物の印象が重なってしまって、感想がぼやけてしまいました。祖父の泰造、父の慎之輔、基三郎、基樹など、親子三代にわたる物語のために、似ているのは血縁なんですから当然なんですけどね。
一気に読めば、ラストでもっと感動したでしょう。少し泣けたかもしれません。

「ツリーハウス」とは、俗に言う木の上の家のことですが、幹があって枝葉もあるのに「根っこ」がない、ルーツのない藤代家という「家」を表したものだと私は思います。
藤代家は、祖父母の代から「翡翠(ひすい)飯店」という中華料理屋を営んでいます。
物語の主人公のひとりである良嗣(28歳)から見て、祖父の泰造、祖母のヤエ、父・慎之輔、母・文江、父の弟で引きこもりの中年である大二郎、父の妹で小さな飲み屋をしている今日子、ぶらぶらしている兄の基樹、嫁いだあとも小うるさい姉の早苗。そして、良嗣は三年前に仕事を辞めて以来、定職についていません。これではいけないと思いつつも、一晩寝るとリセットされてしまう。楽に流れてしまう。いわゆる無気力というやつですね。
何かこう、商売をしているんだから、バタバタしているんだけど、求心力がないというか、良く言えば自由な家庭なんでしょうね。たとえば、家族が揃って飯を食ったことがない。これは商売によれば普通だとも思います。早苗がモヒカンの彼氏を連れてきて結婚をほのめかしても、誰も反対しない。これも本作を読めばだんだんわかってきます。
で、物語は病床にあった祖父・泰造の死によって始まるわけですが、その死によってめっきり元気のなくなった祖母のヤエ(87歳)がしきりに「帰りたい」と言いだすわけです。
帰るところなどないのに何を言っているのだろう、もしかしてそれは祖父と出会った満州のことだろうか。祖父の謎の戸籍を見たこともあって、藤代家のルーツが気になった良嗣は、思いきって祖母ヤエと叔父・大二郎とともに中国の大連、長春へと旅行に出るのです。昔の満州ですね。そこにいったい何が眠っているのか。祖父と祖母はどのように満州で出会い、どうやって東京で翡翠飯店を出店するに至ったのか。壮大な物語が始まります。
どこの小汚い爺さんにもドラマはあるのです。そして、自分のとうさんかあさんのこと、じいさんばあさんのこと、知ってるようで実は知らないことばかりなんですね。彼らにも当然のように青春があった。そしてその青春が日本が世界を相手に戦争をしているさなかであった世代は、いまの私たちとあまりにも違うと思いませんか。
この小説には「逃げる」という言葉がキーワードのように多出しますが、ほんとうに時代の違い、概念の違いを考えさせられる作品でしたね。

旧満州の情景、時代背景も詳しく書かれていました。
「偽満州皇宮博物院」「偽満州国務院」なんていうのがあるのなんて知りませんでした。
ひょっとしたら、作者はそれを観てこの小説の着想を得たのかもしれません。
たとえ満州が「偽」であったとしても、そこで過ごした青春は決して「偽」ではありません。

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この記事へのコメント

- 藍色 - 2014年01月31日 16:08:52

大河ものといってもいいぐらいにダイナミックな話でした。
登場人物がみんな飄々としていていい感じなので読んでいて好感が持てました。
トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。

Re - 焼酎太郎 - 2014年02月01日 17:46:44

不思議なくらい内容を忘れています。
トラックバックありがとうございました。

トラックバック

粋な提案 - 2014年01月31日 16:07

「ツリーハウス」角田光代

謎多き祖父の戸籍──祖母の予期せぬ“帰郷”から隠された過去への旅が始まった。 満州、そして新宿。熱く胸に迫る翡翠飯店三代記。第22回伊藤整文学賞。 謎の多い祖父の戸籍、沈黙が隠した家族の過去。 すべての家庭の床下には、戦争の記憶が埋まっている。 新宿角筈『翡翠飯店』クロニクル。 どこにでもいそうな、いたって平凡と思える一家の、三世代に渡る物語。 それぞれの時代、各人物像をぶ...

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