「曾根崎心中」角田光代

読み終えて無性に飲みに行きたくなりました。
しかし、ケイタイの電話帳をスクロールしてももはや今更機嫌をとることもめんどくさいネオン街の蝶たちの名前が並んでおり、財布をみると700円くらいしかなかったので、ひとりだけ金を貸してくれてまで飲ませてくれる豪傑が思い浮かんだのですが、今はちんまりと座布団の上に座り、ぽつねんと安焼酎の水割りを飲んでおりました。
そこではっとしたのですね。愕然としたのですね。
本作の主人公であるヒロインお初は、19歳。たったいま電話帳でスクロールされた名前に19歳もいたはずであると。物語の舞台は、堂島新地です。これは今の大阪キタ新地の元祖といってもいい繁華街です。
むろん、商売の形態は全く違います。
そして、同じ19歳でも、300年前と今のいわゆるお水の女の子は比べるべくもないのでしょうが、人間としてはそう変わらない、いや同じであると思うのですよ。いくら惚れても客と心中なんて絶対しないだけで。

お初は19歳。堂島新地の天満屋の遊女で、客が途切れない売れっ子。しっかりしている。
徳兵衛は25歳。叔父の経営する醤油問屋・平野屋の手代。男前だがぬけている。
ふたりは1年前に出会いました。そして一目ぼれに近い恋をしました。
お初は、手代に成り立てで用立てのない徳兵衛のために二度に一度は、身揚がり(遊女が自ら揚げ代を支払うこと)をしました。いれあげた、のです。
「死んでもいいほどの恋があるなんて、去年までの初は知らなかった。遊女は恋なんてしないんだろうと思ってもいた。そんなふうに思っていた自分は、なんて子どもだったんだろうと今、初は笑いたくなる」
ふたりの転機は、徳兵衛が、叔父夫婦の勧めた縁談を断ったことに端を発します。
徳兵衛は、店から追い出され、大坂(大阪)に居ることもまかりならぬとされたばかりか、友人との金銭トラブルで二貫(今の時価で300万円)の借財を負ってしまうのです。
遊女であるお初は、新地から出ることの出来ない身。このままでは、ふたりは逢えなくなる。
煮詰まったふたりの行き着いた先は、来世で再会すること、来世などないなら今生で一緒にすべてを終わらせて自由になることでした。それは、死、いわゆる心中です。

原作は云うまでもなく近松門左衛門です。
巻末に本書は近松門左衛門作「曾根崎心中」を翻案(他人の作に基づいて改作すること)したものです、と書いてあります。私は残念ながら原作を知らず、人形浄瑠璃など観たこともないので、角田光代がどこをどう翻案しているのかわかりません。
ラストで、お初がふとした瞬間に抱いた徳兵衛への疑念を、のどに刺さった魚の小骨という絶妙の比喩で表現したシーンがあるのですが、はたして原作通りなのでしょうか、気になるところです。
それでも、300年前の物語が新たにリメイクされて読まれるというのは、素晴らしいことだと思います。
さらに推察すれば、近松門左衛門も創作にあたり、なにかのモデルがあっただろうと考えられます。
徳兵衛とともに新地を抜け出したお初が、死んだ後どう噂されようがかまわない、と想っている場面がありましたが、まさか300年のちまでも語られるとは夢にも思わなかったでしょう。
死んだらはたして自由になれたかな。あの人魂ははたしてふたりの味方だったのかな。
もちろん、そういうことを想起させるように角田光代は書いたのでしょうがね。なんとも云い様がありません。



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この記事へのコメント

- 藍色 - 2014年06月03日 15:33:04

正直、古典作品は、壁があり読みずらいものです。
原作を読んだことがなかったのですが、この本は読みやすくわかりやすく一気に読み終えました。
トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。

Re - 焼酎太郎 - 2014年06月03日 18:17:03

これ、原作とラストの印象がだいぶ変わってるんですよ。
そのへんが面白いとこなんですけどね。

コメントありがとうございました☆

トラックバック

粋な提案 - 2014年06月03日 15:06

「曾根崎心中」角田光代

著者初の時代小説 300年の時を超え、究極の恋物語がふたたび始まる。 愛し方も死に方も、自分で決める。 江戸時代、元禄期の大坂で実際に起きた、醤油屋の手代・徳兵衛と、 堂島新地の遊女・初の心中事件をもとに書かれた、 人形浄瑠璃の古典演目『曾根崎心中』の小説化に、角田光代が挑みました。 原作の世界を踏襲しながら、初の心情に重きを置き、 運命の恋に出会う女の高揚、苦しみ...

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