「水の柩」道尾秀介

今はなきBSの週間ブックレビューで、作者が「ひつぎ」の漢字を「棺」ではなく「柩」にした意味を語っていたように思うのですが、すっかり忘れてしまっています (´・ω・`)
この作品がどういう評価を受けているかはともかく、道尾秀介は前に向って進んでいる、進化しているという印象を、私は受けましたね。情景も深くなっていると思うし、植生の描写ももさりげなく巧くなっていると感じられるんですね。梅の実が生のまま食べられるとは、過去に梅林を所持していた私も知りませんでしたが。
物語の舞台となっている場所はわかりません。モデルは信州か北関東の辺りでしょうか。

吉川逸夫は中学2年生、経営は傾きながらも創業90年を超す旅館・河音屋の息子。成績も普通、名前も普通、背丈も普通、顔もおそらく普通、クラスで目立ちもしなければ、存在を忘れられるようなこともない。本人は普通がイヤで仕方なく思っています。どこかで自分を包むその“薄膜”を破りたいと。
小柄で頼りない父の良平は旅館の事務長、父より縦も横幅も大きい母の珠子は旅館の女将。
逸夫には生まれて間もない弟がいて、その面倒を3年前に女将をゆずった祖母のいくが見ています。いくは84歳になりますが、毎日きちんと和服を着て過ごしており、逸夫がケータイをもてないのはいくが反対しているから。つまり、そういうぴっちりした厳かな老女です。いくは、生まれがお嬢様育ちで、その出身の村は今はダムの底に沈んでいます。
物語が緊迫するのは、逸夫が小学校6年のときに転入してきて中学校でもクラスメイトである木内敦子の存在があるからです。敦子の両親は離婚、母はスナックで働いていて子供まで手が回らず、幼い妹の史の面倒をアパートで敦子が見ています。妹の誕生日に小遣いがないので、ぬいぐるみを万引きするような生活です。そして、敦子は学校でいじめられていたのですね、小学校の頃から。
逸夫も敦子も、小学校を卒業するときに「二十年後の自分へ」という手紙を収めたタイムカプセルを校庭に埋めていました。敦子は、その手紙にいじめられた思いを綴り、誰に何をされたのかを克明に記していました。20年後にそれが開封され、32歳の大人になった彼女たちが過去に犯した自分たちの罪を見せつめられ、苦しむことを望んだのです。ところが今になって敦子は、逸夫にタイムカプセルを掘り出し、手紙を新たに書き直したものに差し替えたい、作業を手伝ってくれないかと頼むのです。その意味がよく理解できないままに、何かで自らの殻を破りたい逸夫は了承し、ふたりは深夜の小学校に忍び込むのですが……

自殺というのは、何かに対する復讐であろうかと思っています。
ただし、復讐というのは相手が同じような重みを自分に感じていてこそ成り立つものであって、おおよそ、いじめられたから自殺しても、当初はともかく、いじめた連中はいつの日か忘れ去ってしまうものなのですね。
だから絶対に、死んではいけない、人生なんてどうにでもなるんですから。
何歳になっても忘れられないことはあります、いや忘れないことのほうが多いでしょう。
本作で作者が問うているのは、いくと敦子の問題を比喩して、忘れることと忘れずに乗り越えることはどう違うのかということです。それは、時間の問題ですね、というほかはありません。
どちらも生きている、という前提があってこそですから。逃げると忘れるは次元が違うのですよ。
だから物語はややこしく9ヵ月後にダムに向うバスの中の情景からスタートしますが、途中から敦子の安否が心配で半ば絶望していました。
蓑虫の殻はカラフルでもうんこ色でもいいじゃありませんか。中身はみな一緒なんですから。

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この記事へのコメント

- 藍色 - 2013年05月31日 14:42:57

いろいろな場面の表現力がすごかったです。
自分もその情景の中に入ってしまったような感覚になりました。
トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。

- 焼酎太郎 - 2013年06月01日 21:27:04

こんちわ
「水の柩」はミステリーとはいえませんが、道尾秀介らしい?作品でした。
コメントありがとうございました☆

トラックバック

粋な提案 - 2013年05月31日 14:27

「水の柩」道尾秀介

私たちがあの場所に沈めたものは、いったい何だったのだろう。 五十数年前、湖の底に消えた村。少年が知らない、少女の決意と家族の秘密。 誰もが生きていくため、必死に「嘘」を

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