「永遠の0」百田尚樹

百田尚樹のデビュー作、「永遠の0(ゼロ)」を読みました。
0(ゼロ)とは、1940年代初頭、世界を席巻した日本海軍の零式艦上戦闘機のことです。
本作はメインのストーリー、零戦の活躍、そしてその長所やら短所だけではなく、開戦からの一連の流れ、どうして日本は太平洋戦争を始めてしまったのか、なぜ負けたのか、そして神風特別攻撃隊はいかにして生まれたのかなど、文庫本約600ページ弱の中に、戦記読みの私も納得したり改めて勉強になる太平洋戦争の真実が、効率よく詰まっているという印象です。しかも、作者の偏った主観ではなく、ね。
実在した零戦の著名搭乗員もたくさん登場します。坂井三郎、西澤廣義、岩本徹三などの撃墜王、赤松貞明や岩井勉などの渋いところも。特に宇垣纏(無能で有害な役立たずの老人)が、歴戦の艦爆搭乗員に特攻体当たりではなく爆弾を敵艦にぶつけたら帰ってきてもよいかと問われたときに、「まかりならん!」と馬鹿面で吠えたエピソードは、私の好きな岩井勉著「空母零戦隊」(カテゴリー海軍戦史・戦記参照)で書かれていたことです。

佐伯健太郎は26歳、司法試験を4年連続で不合格となり、なかばニート化していました。
その健太郎に4歳上の姉であり、フリーライターをしている慶子があるミッションの助手を頼みます。
そのミッションとは、6年前に亡くなった祖母マツヨの最初の夫――祖母は戦争で最初の夫を失っていた――短い結婚生活の間に兄妹の母である清子を生んだ――つまり、本当に血の繋がった実の祖父がどういう人物だったのかを調べることでした。
その男性の名は、宮部久蔵。大正8年生まれ、昭和9年に海軍入隊、昭和12年に支那事変参加、昭和16年には空母「赤城」に乗組み真珠湾攻撃に参加後、南方を転戦し、20年に内地帰還して終戦の数日前に神風特別攻撃隊員として出撃、南西諸島沖で戦死。下士官で後に特務少尉となりましたが、赫々たる戦歴ですね。
昭和16年に祖母と結婚し、17年に母が生まれていました。生きていれば85歳。当時の戦友を訪ね調べるには今が間に合う最後のときであろうと考えた兄弟はさっそく戦友会などを介し、祖父のことを知っている人物のもとへ向いました。
ラバウルで短期間戦友だった元海軍少尉、長谷川梅男は云う「宮部は海軍航空隊一の臆病者だった」と。
赤城で一緒だった元海軍少尉、伊藤寛次は云う「宮部は勇敢ではなかったが、優秀なパイロットだった」と。さらに「中国大陸で十機以上撃墜し、空母への着艦能力も抜群だった」と。
ラバウルで列機だった元海軍飛曹長、井崎源次郎は云う「自分が生きているのは、宮部さんのお陰だ」と。
祖父である宮部久蔵はどういう男だったのか。
両親もなく天涯孤独で、金もなく、頼る親戚もなく海軍に入った彼は、何よりも命を大切にしていました。
「生きて帰りたい」「私には妻がいます。妻のために死にたくないのです。自分にとって命は何より大事です」「娘に会うためには死ねない」――死と隣り合わせの非日常な世界、死を怖れて生きていけない世界で、これらの言葉を言えば臆病に見え、眉をひそめる戦友も多かったことでしょう。宮部は戦争の中で、ただひとり日常の世界を生きていたのです。
そんな彼がどうして、特攻に志願したのか?愛する家族を捨て終戦前に死ななければならなかったのか?
宮部が最後に飛び立った鹿屋基地。彼は新型の零戦五二型ではなく、古臭い二一型で出撃しましたが、そこには大きな謎が――
クライマックスからラストにかけての鮮やかな展開、オチは見事でしたし、読後の切なさも、健太郎がほこりをかぶっていた法律書を再びひっぱりだしたんだから、まあハッピーエンド、帳消しということで。

浅田次郎の「壬生義士伝」を思い出しながら読んでいました。似ていませんか?
吉村貫一郎と宮部久蔵は、私の中でだぶりましたね。ともに新選組、海軍という組織から浮いているんですが、腕立ちで、家族思いで、云っていることも常に正論なんですよね。
本作では、日本が負けたひとつの原因として大本営、軍令部のエリートの意識を問題としてあげていますが、組織の中で“自分の頭で考えることができない”のは官僚組織の最大の弱点であり、日本という国の欠点ですね。
もうひとつ、姉の慶子に求婚する新聞記者の高山という青年の存在、これも日本がなぜ戦争を始めたかという原因が書かれたがために登場したキャラクターですね。マスコミの責任は頭ではわかってたことなんですが、改めて読んでみると新鮮だったような気がします。どの新聞か特定されていただけに、ね。
あと……特攻第一号は、海兵出の関大尉ではなく予備士官の久納中尉であったこと、思い出そうしても忘れていました。
それだけ、本作は非常に効率よく、太平洋戦争が説明された戦記小説です。
登場人物の口を借り、かんでふくめるように解説されています。
刻々と戦争から遠ざかる現在ですが、未だ日本は世界の中で戦後の社会を生きています。
本作がこれからも永遠に読み継がれる物語となるようであれば、日本はいつかの未来の選択を誤らずにすむかもしれません。

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