「ひらいて」綿矢りさ

上質な紙の本です。まっさらのページにそっと鼻を近づけると、ほのかに木の香りがしました。
この感覚は電子書籍にはありえないですよねえ。本というものの本来の価値じゃないですか。
で、素晴らしい薄皮に包まれた本作の内容はというと、これがまた少し複雑でしてね。
恋愛小説だろうと思って読んでたら途中で怪しげな方向にさ迷いだしたので、おいおいインモラルかよ、と思っていたら何とか軌道修正して、最後には文学的雰囲気もエッセンスされた中間小説に落ち着きましたね。
軽ーい気持ちで読んでたら道を見失ってしまう、意外に難しい物語であったと思っています。
私もすべてわかりきった自信はまったくありません。これが綿矢りさのレベルアップなのか、イメージチェンジなのか、少なくとも彼女もはや28歳、酸いも甘いも、陰も陽もかみ分けてきた、ということでしょうか。

木村愛。高校3年生。家から近い大学に入り、料理教室とヨガ教室に通いつつ、塾講師か家庭教師のアルバイトをして、難関大のサークルに入会し、出会ったなかで一番将来性のある男の人と付き合い、大学を卒業したら、すぐに結婚する。周りの状況と自分の能力に合わせて水のように生きる。それが彼女の理想の生き方だった。
でも今は推薦入試を素直に喜べない。いくら良い大学といっても地元だから、「たとえ」が第一志望の大学に合格して東京に行ってしまったら、もう会えない。
西村たとえ。変わった名前。たとえはかっこいいと女子に騒がれたりしないけど、よく見れば顔はその顔なりの筋の通り方で整っていて、雑な按配で目鼻がついてはいない。丸みのない縦長の頬、あまり良くない顔色、数式の解き方をぼそぼそと教える低い声。
彼は存在するだけで愛の胸を苦しくさせる。いつからだろう、授業中、暇さえあれば彼を見るようになった。彼のどこを好きになったのかうまく表現できない。何度か話しかけようとしたけど未だにろくに挨拶さえ交わせない。
愛は深夜に忍び込んだ学校の教室で、たとえの机にしまわれていた手紙を盗む。それは、恋人らしい女からのものだった。差出人の名は、美雪。1年生のとき、愛とたとえと同じクラスだった美雪。Ⅰ型の自己免疫疾患による糖尿病を患い、昼食の前にインシュリン注射をしていた、美少女。美雪と親しく付き合ったことのない愛だったが、彼女は美雪に接近する。そして、直接、彼女がたとえと中学校時代から付き合っていることを知り、わかっていたのに目の前が薄暗くなり、笑顔を保ったまま瞳だけが死んでしまうほどのショックをうける。目の前の女が一生許せそうにない。そして、愛は文化祭の準備でたとえと二人きりになったときに告白してしまい、当然のようにふられたのだった。
人から寄せられる好意を煙たがり、軽蔑し、数々のひどいやり方であしらってきた過去が、すべて自分に跳ね返ってきた思いだった。美雪が言うには、彼女とたとえはキスさえしたことない純愛だった。たとえはそれほど美雪が大切なのだと思い知った愛は、たとえより先に美雪を手に入れて彼を傷つけようとする。いったい、好きな男にふられた腹いせに彼の女と寝る、こんな女が他にいるだろうか?(冷笑)
やがて、愛のしたことははばれてしまう。彼女の表面の薄皮と内面の肉がごく細い糸でさえつながっていないということも。その微笑みは他人に対してではなく、自分のためだということを。心と体の分離を……
ひらけるのか。心。再び外の世界と内面が直接つながることが、愛にはできるのだろうか。

ひらいて。この解釈がどうなのかが本作の鍵でして。
難しく考えてしまいますね。ただたんに心をひらく、というのではないでしょう。
私は、心を包む薄皮(表情など)をひらいて、フラットになる、そしてその状態で他人に認めてもらうことだと思いました、ラストで、愛が折鶴をひらいていたのでね。
心をひらく、人間なんてなかなかいませんよ。心の上には何層もの感情や表情筋がのっかってるんですから。
だから、心をひらくという表現は間違っていると思いますね。フラットで相手に認めてもらう、認める、人間関係とはそれが限度じゃないでしょうか。そう考えると楽になるでしょう、せせこましい策謀などいりませんよ。
それに、略奪愛なんてねえ、なかなか成功しませんよ。私みたく根が純愛ながらスケベにできてる人間ならともかく、本当に好きになる価値のある(これまたおかしな設定だけど)人間は、そう簡単に略奪されません。
けどまあ、面白い小説でした。主人公はいまいちでしたが、美雪の描き方は巧かったなあ。
この作家の青春小説は、男子が少しへんてこなパターンが多いですね。ふつう、こういった愛みたいな主人公だともっとかっこいい男を好きになってこその小説だと思うんですが、さすが京都出身の作家だけあって設定が生々しいです。京都は女子高多いですけどねえ、綿矢りさは共学という雰囲気ではないんですが、どうなんだろ。






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この記事へのコメント

- 藍色 - 2013年11月22日 15:46:48

いつも通りさらさらと読みやすく、
小説を読みながら映画を観ているような、
そんな素敵な時間を過ごせました。
トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。

Re - 焼酎太郎 - 2013年11月22日 16:09:06

藍色様
コメントありがとうございました☆

トラックバック

粋な提案 - 2013年11月22日 15:28

「ひらいて」綿矢りさ

やみくもに、自分本位に、あたりをなぎ倒しながら疾走する、はじめての恋。彼のまなざしが私を静かに支配する――。華やかで高慢な女子高生・愛が、妙な名前のもっさりした男子に恋をした。だが彼には中学時代からの恋人がいて……。傷つけて、傷ついて、事態はとんでもない方向に展開してゆくが、それでも心をひらくことこそ、生きているあかしなのだ。本年度大江健三郎賞受賞の著者による、心をゆすぶられる傑作小説。 ...

りゅうちゃん別館 - 2014年03月28日 17:29

「ひらいて」 綿矢りさ

高校3年生の愛には気になっていたクラスメイトがいた。 西村たとえと密かに文通していた美雪に接近する愛。ネタばれあり。     出世作「インストール」。 そして多くの人が驚いた「蹴りたい背中」19歳の芥川賞受賞。 綿矢は作家としてどう歩んでいるのか。 美雪は…

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