「地虫鳴く」木内昇

これを読んで、改めて新選組とは何だったのだろう、と思いましたね。
日本近代史の序幕にわずかに登場し、一瞬の光芒のように、人を、思想を斬りまくったかとおもえば、あっという間に敗走し、雲散霧消した小集団。幹部は、ほぼ試衛館という江戸の小さな町道場の仲間で占められていました。
後には幕臣に取り上げられたとはいえ、京に上りたてのころはわずか30人ほどの隊士で、粗末な着物の尻からげ水浴びし、ろくに銭ももだず都の右も左もわからなかったような連中ですよ。
なぜ彼らはそれから百数十年以上経った今でも、こうして小説やらTVドラマ、ドキュメンタリーで取り上げられるのか。
今だけではありません。敗戦間近の日本海軍でも、生き残りの戦闘機のエースパイロットが集められた松山の本土防空隊は“新選組”を名乗り、連合軍の航空機をばったばったと堕としては、米軍に恐れられていました。
何かこう、時代に逆行する反骨心ありの、腕自慢の刀争劇ありの、個性豊かに描かれたエンターテインメント性が日本人に受けるのかもしれませんね。私もずいぶんと新選組の本は読んできましたし、もちろん好きです。
しかし本作は、今まで読んできたものとはずいぶん違います。
まず、物語において脚光を浴びる主要なキャラクターが、既作の物語ではセリフ一言どころか、名前さえ書かれていなかったかもしれない人物たちということ。私もろくに知らなかった人物がたくさん登場してくるのです。
まず、阿部十郎。この人は本作のプロローグで明治32年の史談会資料が参考として使われているように、新選組の生き証人ともいうべき人物です。生き残りとしては永倉新八や斉藤一が有名ですが、阿部十郎、またの名を高野十郎は、新選組が発足したばかりのどさくさに紛れて入隊し半年も経たずに飛び出しました。会津藩お預かりならば十分なお扶持にありつけると軽い気持ちで潜り込んだ一介の警護隊が、思いもよらぬ狂気を孕んでいることに怖気立ったのです。一年余のち、彼は復隊します。これも驚きですね。新選組に復隊が許されるのかと。本作では、剣は凡手だが肝が据わっていると彼を評価しつつも、しょせん雑魚であり、土方ら幹部に目をつけられるような存在でさえなかったため、と書かれています。しかし、彼はこの後、砲術師範となり、伊東甲子太郎の御陵衛士党に参加、油小路の決闘では屯所の月真院を留守にしていたため危急を逃れ、報復で近藤勇を狙撃するのです。
そして、尾形俊太郎。この人のことは私はまったく知りませんでした。肥後(熊本)出身で、組頭まで勤め、諸士取扱役兼監察及び文学師範。長袖様(公家のよう)と陰で呼ばれた学究肌の人物で、剣はからきしだめ。でも、けっこう大物ですよ。新選組だからといってみな撃剣家ではありません。これだけの人なのに、この人は会津まで生き延びてその後がしれません。本作では、ラストにちょっぴりドラマティックに彼の消息が書かれています。ちなみに、監察役はかの吉村貫一郎と同役ですが、本作にちらっと現れる吉村はドジを踏んだりするちょっと抜け役として描かれています。
他にも、謎多き監察の山崎烝とか、伊東甲子太郎の盟友で柔術師範だった篠原泰之進が多く出てきます。
山崎は、大阪の産で地の利もあり、感情を挟まずに淡々と役目をこなし格別に記憶力がよく、土方歳三をしてこれほど監察に向いた男はない、敵にまわすと恐ろしいとまでいわせた忍者のような人間です。
善悪も、正誤も軸すらない当時の乱世に「お役のことより保身が先に立つ奴は一緒に働くと怖いで」と言った山崎のセリフは印象に残っています。本当に、この時代の尊王やら勤王やら攘夷やら公武合体やら、どこまで個人が理解して動いていたのでしょうね。理想や思想がない、だから土方歳三は、ただ今自分たちに必要なことのみ目がいくと書かれていたのには妙に納得しました。結局、新選組の連中は小難しいことに興味はなかったのだろうと。
もちろん、本作に書かれていた谷三十郎のようにひどいのも多かったでしょうがね。近藤のほうにも相手にされなくなって、伊東派にも煙たがられ、市中の飲み屋をさんざ探して伊東派の集会を見つけて無理やり入れてもらい、帰りに無様に斬られました。保身や寂しさが表に出るようになればダメだなというかみじめですね、男は。
その一方、伊東甲子太郎は、本作を読んで株が上がりました。この人、いつもいやらしく書かれているのが多いですからね。本作での死に様は最高にカッコよかったですよ。寒い季節に白い顔で皆の制止を振り切り、近藤の妾宅に招かれた彼。あの最期というか、行間なんですけど、作者の描き方は最高に巧かったと思っています。油小路に伊東の骸が置き去りにされ、土方の罠とわかりつつも親分の遺体を引き取りに向かう7人の御陵衛士たち、思わずほろっとする場面でした。新選組本体と亡き孝明天皇の御陵を守る御陵衛士の確執の成り立ち、というか伊東派の思想や行動がこれほど理解できた小説もなかっただろうと思います。薩摩や長州ら時代の流れに、新選組がどう翻弄されたか、立ち向かっていったのかもよくわかりました。時期も、スタートは西本願寺へ屯所移転したばかりの1865年(慶応元年)からラストは(エピローグ除く)1868年までと短い期間に集中したのが良かっと思います。

派手な浅田次郎と、権威の司馬遼太郎。木内昇は、この2人以上の、新選組小説の書き手であることは疑う余地はありません。剣劇ではなく人間としてこれほど深く描くことができたのはこの人をおいてないでしょう。
読者は本作の中に、自分と似たキャラクターを見つけることだろうと思いますよ。それほど個性が豊かですから。
「新選組 幕末の青嵐」(カテゴリー歴史・伝記小説参照)とこれ一冊だけ?なのがもったいない!
主人公がマニアックすぎる(笑)から売れないでしょうが、ぜひに、また新選組を書いてほしいと思っています。
心にしみる一冊でした。








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