「とにかくうちに帰ります」津村記久子

2009年から11年までに各メディアに掲載された津村記久子の“ごくふつう”のオフィス小説3本です。
うち「職場の作法」は、それぞれスポットライトのあたる人間が異なる4本の小篇から成っています。
オフィス小説というのもおかしいかな。経済小説なんてとんでもない企業小説というのもおこがましい、さらにその下のオフィス小説だろうと思って書いてみましたが、どうも違うような気がする、しいて表すならオフィス+ヒューマンドラマですかね。
「やりたいことは二度寝だけ」(カテゴリー随筆・エッセイ参照)を読んだかぎりでは、この津村記久子さん、痛々しいまでに普通のOLでして、ちゃんと再就職なされた職場で雑用など懸命に働いていらっしゃる。物書きのほうは、あくまでも空いた時間の趣味的ライフワークなんじゃないかとも思えまして、つねにメモを携帯しネタを探しているようなわりには、それほど小難しい文章を書くでもなく、本作のように“いたってふつう”なのであります。
彼女は大阪の人ですが、たぶん御堂筋線などで彼女の前に座り、おもむろに鼻毛など抜いていればすぐさま活字になるような気もしますね。でもまあ、この人の特色はやはり、本作のようなオフィスを舞台にしたとりとめもない、少しおかしい、オフィスあるある的な短編、にあるのではないでしょうか。
表題作の「とにかくうちに帰ります」よりも「職場の作法」のようななんの裏もメタファーもない、脱力系の日常物語が面白かったと思います。

「職場の作法」
「ブラックボックス」「ハラスメント、ネグレクト」「ブラックホール」「小規模なパンデミック」の4篇から成り、いずれも作品の視点である鳥飼早智子(おそらく入社して6,7年目くらいだと思われる)の勤める会社のオフィスが舞台となっています。何をしてる会社なのかわかりかねますが、それほど大きくない中小企業だと思われます。
いる方はいたって普通のどこにでもいるサラリーマンなんですが、早智子の視点というか、書き方が面白いのですね。
「それは難しいですねー」と言いながら営業の書類を引き受ける田上さん。彼女はそれを底の深いせんべい箱に入れるのですがそこには彼女なりの作法が存在するのです。一番面白かったのは、「ブラックホール」かな。定年まであと数年の間宮というおっさんの机の引き出しの話なんですが、こういう人いますよね。絶対どこにでもいます。数年前に期限の切れたコーヒーチケットの束が放り込まれていたり、誰かのデスクからなくなった文具が見つかったり、まさにオフィスのブラックホールと化している間宮さんの引き出し。早智子はそこで大事にしていたのになくなったペリカーノジュニアの万年筆を見つけるのですが……

「バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ」
読み始めたときにはけっこう必死になって検索しましたが、このアルゼンチン人のフィギュアスケーターは実在の人間ではありません。まあ、読了してみれば明らかにわかることなんですけどね。画像の検索までかけてしまいましたよ。エンゼルスのキャッチャーやらサッカー選手やらが出てきましたが、この顔の濃い、スピンが非常に遅く、世界選手権で10位が精一杯の24歳近眼のスケーターはどこを探してもいませんでした。
巧かったですね、やはり伊達に芥川賞をとった作家ではありません。「職場の作法」から登場人物が引き継がれているのもよかったです。浄之内さん、面白い人だなあ、と。私もいつぞやのオリンピック観ていてアメリカのソフトボール選手に思い切り懸想し、ネットで彼女に関する記事を探しまくったことがあるので、気持ちはわかります。たしかケイトリン・ロウという選手でした。オリンピックからソフトボールが消えた今彼女はどうしているのでしょうかね。

「とにかくうちに帰ります」
表題作です。本土とバスで結ばれた埋立洲にあるオフィスを、秋口の台風が襲い、勤めている人間が暴風雨の中、必死こいて橋を渡り我が家へ帰ろうと苦闘する様を描いた、少しライトなノリのヒューマンドラマ。
吹きすさぶ嵐の中、最後のバスに乗り遅れたハラとサカキ。ハラはオフィスに帰ろうにも同僚のエッチを目撃してしまい帰るに帰れず、サカキは離婚した妻のもとにいる息子と朝一番で会う約束があるので、どうしても本土に渡って帰らなければならないのでした。もう閉めようとしている埋立洲にあるコンビニで、ハラは会社の後輩のオニキリと、サカキは塾の帰りにバスに乗り遅れた小学5年のミツグと出会い、行動を共にします。通常の橋は渋滞のうえ事故が起こり、違う橋で本土に渡るべく2人と2人は濡れすさびながら歩き出すのです。絶望のなかで会話し、自分と向き合いながら何かが心に芽生えてくるキャラクターたち。はたして嵐を抜けると待っているものは……
これもまた同じような経験をしたことがあるので、嵐の中を家まで帰るというしんどさはよくわかります。
私の場合は雷まで激しく鳴っていたので相当怖かったですけどね。面白かったのは、埋立洲と本土を結ぶ循環バス会社の貼り紙ですね。『豪雨による鉄道の運休、並びに、車道の渋滞のため、ダイヤが大幅に乱れております。そのため、これ以降の便については、到着・出発時刻ともに未定とさせていただきます。(運休の可能性もあり)』
「ま、わかんねけど、もう来れねえと思うんだよね、うん」、って言ってるのと同じですよね(笑)


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