「長宗我部」長宗我部友親

「ちょうそがべ」と読むんですね、ずっと「ちょうそかべ」だと思っていました。
四国には「讃岐男に阿波女、伊予の学者に土佐の鬼サムライ」という四県の気質をあらわした喩えがあって、ノーベル文学賞受賞者である愛媛県出身の大江健三郎は、子供の時分に「泣いたらチョウソガベが攻めてくる」という子守唄があったと語っているそうです。私の先祖の何人かも、おそらく長宗我部軍が四国を席巻したときに殺されていることだろうと思います。
総石高百万石を超える四国を、武力によって一瞬とはいえ手中に収めたのは長宗我部元親だけでしょう。
「信長の野望」では新しいシリーズが出るたびに、選んでプレイしていました。
本書に引かれている部分もある司馬遼太郎の「夏草の賦」も読みましたし、桂浜から案外近いところにある長宗我部家の墓所にも赴いたこともあります。ですから、長宗我部についてはそれなりに知っていたつもりでした。
しかし、本書を読んで私が知っていたのは七十代二千年にわたる長宗我部氏の歴史において、ほんのわずかにスポットライトが当たっていた部分だけだったということが、よくわかりました。
著者は長宗我部友親。中興の祖である元親の末弟であり、病弱なため有馬温泉へ湯治に行く途中、阿波の海部一族に討たれた島弥九郎親房の末裔です。長宗我部信親のものではないかと云われる肖像画をはじめ、先祖によって残された資料の多くを手元に持っていました。堅苦しい歴史物、退屈な一族史観ではありません。非常に面白く読むことができる、優れた歴史書でした。

本書では、波乱に満ちた長宗我部の興亡を5つの時代に区別して書かれています。
① 秦の始皇帝から秦河勝まで
② 秦河勝から土佐に移り住んだ秦能俊まで
③ 秦能俊から長宗我部国親まで
④ 四国を統一し、中興の祖といわれる元親から、その二代盛親まで
⑤ 元親の末弟である親房から、日本水心流剣詩舞の祖、長宗我部親(ちかし)まで

長宗我部家は、秦の始皇帝を遠祖とする大陸から渡ってきた渡来人の家系、秦(はた)一族です。
公式文書でも、元親は「長宗我部宮内少輔秦元親」と記されています。この中の「秦」が氏で、長宗我部は姓です。
戦国武将のほとんどが源平藤橘を名乗るなかで、自ら渡来を意識して名乗ることは珍しいことです。
もっとも、元親は正室を美濃の由緒正しき源氏の名家からもらい、このことは元親の中央志向もあらわしています。
聖徳太子のブレーンだった秦河勝を中心とする秦一族は、京都太秦で栄えていましたが、信濃国を与えられました。信濃にいった末裔である秦能俊は、保元の乱(1156)に敗北し、土佐に移り住むことになります。その土地が長岡郡曾我部であったことから「長宗我部」という姓が生まれたのです。ちなみに香宗我部という姓もありますが、こちらは香美郡の曾我部であり、はるか後に二家は統合されますが、出自はまったく異なります。
信濃からやってきて350年、基盤を土佐に築いた長宗我部家は応仁の乱以後の戦乱の嵐に巻き込まれます。
19代兼序が、本山茂宗の企みにより岡豊城を攻められ、総ての領地を失ってしまうのです(1508年)。
国司であった土佐中村の一條房家は兼序の継嗣であった千雄丸(国親)を保護、永正15年国親の元服まで養い、長宗我部家の旧領を回復してやりました。このときの家臣わずか200。国親は農民を採用し、これが有名な土佐の一領具足の原点となりました。1546年香宗我部家に養子として三男親泰を送るなど、着々と勢力を拡大した長宗我部は、中興の祖である21代元親のときに恨みある本山家を倒し(1568)、天正3年(1575)土佐を統一。
前述した親房の討ち死を発端とし、阿波の海部城攻撃で四国の陣は始まります。天正13年(1585)に10年かかって四国を統一しますが、この途中、本州で起こった小牧・長久手の戦いで家康と連合していた元親は、兵2万で大阪に上陸する予定でしたが、家康と秀吉の和議が早まったため叶いませんでした。著者は、元親にとってこれが海を越えて中央に出ていく最初で最後のチャンスだったと書いています。
四国を統一した元親は、10万を超える秀吉軍を相手に4万で迎え撃ちますが屈服し、土佐一国を安堵されました。
天正14年(1586)島津と戦った戸次川合戦で名将の器と云われていた嫡男信近が討死。著者はこれを秀吉の陰謀ではないかと書いています。なるほど。なんせこれ以降は長宗我部は没落していきますからね。信親に代わって22代盛親が後を継ぎますが、著者がけっこう痛烈に批判しているように、関ヶ原への準備で盛親は大きく判断を誤ってしまうのです。もちろん、慶長4年(1599)に元親が61歳で亡くなってしまったことで、長宗我部家全体の次代への準備というか、元親の存在が大きすぎたので盛親への権力移譲が遅れたともいえます。
長宗我部家は、領地はおろかその姓すら剥奪されるのです。盛親の斬首によって本家本流は絶え、元親末弟の親房の流れが江戸時代の260年を忍従し続けるのです。親房2代の島五郎左衛門は、大阪夏の陣に参加しましたが、新しく山内一豊の統治する土佐に帰り、長宗我部の血筋を明かしたうえで、4年ほど入牢し、馬に乗れない下士の身分で召抱えられました。結果的に長宗我部家の血筋を残すことになった、この五郎左衛門の苦しき決断を著者は褒め称えています。
260年に及ぶ忍従の後、文化10年(1813)に生まれた島家12代與助重親が、明治維新後に長宗我部の姓を復活させました。そして、昭和3年、秦の始皇帝から中興の祖である元親を経て著者の祖父である長宗我部親(ちかし)まで続く「長宗我部氏系図」は宮内省で認められ、その血脈も確認されて、ここに長宗我部家の名誉は回復されたのです。


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