「本土決戦の虚像と実像」日吉台地下壕保存の会編

表紙を開くとそこには、関東・甲信越の戦争遺跡の地図があります。
戦争遺跡。聞きなれない言葉です。私は初めて聞いたし、その存在を意識したことはありませんでした。
遺跡といえば何千年も前の考古学的な遺物が普通ですし、太平洋戦争の終結からまだ70年も経っていません。
しかし考えてみると、我々の生活している今の日本という国、いつでも総理大臣の悪口が言えてネットで好きなことが書ける社会と180度違うような世界が、ほんの60数年前には“ここに”存在していたのです。
人間の命を屁とも思わず、次から次へと特攻に追いやった恐るべき社会が確かにここに存在していました。
私は戦争を経験していないので、その実感がありません。フィルムや文書で知るのみです。
その意味で戦争遺跡とは、戦争を知らない後世に、かつての日本の狂気を直に触れさせる教訓になると思います。
本書で紹介されているのは、慶應義塾大学日吉キャンパスの連合艦隊司令部地下壕や、長野県松代の大本営地下壕など数が多くはありませんが、一般に公開されているものもあるので、機会があれば是非目にしてみたいと思っています。全国の戦争遺跡の保存と活用に献身的に努力してきた各団体が、長年にわたって研究、調査した内容を、本土決戦体制という概念で分析しようとしたのが、本書のねらいであるようです。
地域の戦争遺跡を調査すれば、現存する文書資料がきわめて少ない「本土決戦」の姿が私たちの眼に蘇ってくるのです。

昭和19年7月、サイパン島の陥落後、初めて大本営は日本本土でも大規模な地上戦を想定せざるを得なくなりました。具体的には、各地の沿岸の砲台や陣地の概成、決戦部隊第36軍の編成、閣議決定した「国民総武装」による全国の職場や学校での竹槍訓練などでした。
さらにレイテ決戦の失敗により、本土決戦の準備は本格化します。
15歳以上60歳以下の男性、17歳以上40(45)歳以下の女性は「義勇兵」として戦闘に参加することになるのです。昭和20年に大本営が示した「決号作戦」では、部隊の持久、後退を許さず、傷病者の後送や看護を禁止しました。6月には沖縄での敗戦が近づいてなお御前会議の基本方針は、「あくまで戦争を完遂、国体護持、皇土を守護」でした。「1億総特攻」「1億玉砕」の精神です。すべての戦闘は特攻作戦であり、特攻のための基地づくり、訓練は特攻必死の訓練でした。
たとえば、人間爆弾「桜花」43型乙は、カタパルト射出のジェット特攻機です。木製の簡易ボートで水上特攻する「震洋」。人間機雷「伏龍」は、簡易潜水服を着た隊員が海中で棒機雷を手に持ち、敵の戦車などを積んだ上陸用舟艇を水際で爆破しようというものでした。あまりにも無謀な戦術で、泣けてきます。
そして、国民に死を命じた大本営は、あろうことか長野県松代に政府、大本営の移転をだいぶ前から検討しており、工事を督促し、兵隊に後退を認めないくせに、おのれらのみは後退し自己の温存を図ろうとしていたのです。
松代大本営は総延長10キロを越える地下壕群であり、一部気象庁などに使用されながら現存しています。
そして実は、本書には興味深い記事がありました。皇居から松代への天皇の動座も検討されていたのですが、その際、宮内省の視察で賢所(かしこどころ)の造営が問題とされました。賢所は「三種の神器」のうち鏡を祀る場所です。天照大神から伝えられたとされる鏡は伊勢皇大神宮に祀られ、その写しが宮中の賢所に置かれていました。大本営を松代に作っていた陸軍は、三種の神器は地下御殿の神棚に安置しようとしていましたが、宮内省は賢所の造営が絶対必要であるとして「陛下には万一のことがあっても、三種の神器は不可侵である。同じ場所しかも物置を充てることは許されない。陛下の常の御座所と伊勢の皇大神宮を結ぶ線上に南面にして造営し、しかもその掘削には純粋の日本人の手によること」と指示しました。ものすごく、意味深だと思いますね。

米軍は、九州を先に(オリンピック作戦)、そして相模湾および九十九里浜に上陸する最終侵攻作戦(コロネット作戦)を計画していました。結果的に実現することがなかったのは、両国とくに日本にとってこれ以上のない不幸中の幸いでした。本書には他にも、世界ではじめて実用化された大陸間横断兵器である風船爆弾や、特攻隊員の手記など、断末魔の日本の姿が描かれています。これもまた、日本の歴史なのです。


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