「死の淵を見た男」門田隆将

 彼らは死の淵に立っていた。
 2011年3月11日、あの事故の時、福島第1原発の1号機から6号機までの原子炉建屋に隣接した中央制御室には、それぞれの当直長と運転員たちがいた。
 放射線を測定する線量計が高い数値を検知し、無機質で、甲高い警告音が響く中、それでも彼らは突入を繰り返した。電気が失われた現場では、あらゆる手段が人力に頼るほかなかったからである。
 生と死をかけたこの闘いに見を投じたのは、多くが地元・福島に生まれ育った人たちだった。
 彼らは死の淵に立っていた。
 それは自らの「死の淵」であると同時に、日本という国家と郷里福島の「死の淵」でもあった。


 福島第一原発事故。考えられる最悪の事態の中で、現場がどう動き、何を感じ、どう闘ったのか。
 全電源喪失、注水不能、放射線量増加、そして水素爆発を起こす中で現場に踏み止まった人間がいました。
 本書は、様々な事故調査委員会の報告書が出揃っても明らかにならなかった現場で闘った人間の実態を、福島第一原発所長として最前線で指揮をとった吉田昌郎をはじめとして、東電や自衛隊、政治家など90名を超える関係者の証言を元に、真相を白日のもとにさらした、最終報告書とでも云うべき渾身のノンフィクションです。

 まさにあの瞬間、日本という国は滅亡の危機に瀕していたのかもしれません。
 チェルノブイリ✕10の核災害規模になるとまで想像された、原子炉格納器爆発による放射能飛散という最悪の事態は土壇場で回避されたのです。
 福島第一原発には、一号機から六号機まで全部で六基の原子炉があり、469万キロワットの電力を生み出し首都圏に供給していました。そして東電だけでなく、協力企業の社員を含め6000名を超える人が勤務しており、放射能管理区域だけで2400名もの人間が働いていました。事故後、緊急対策本部(吉田昌郎本部長)が置かれた免震重要棟にも、まだ600人の人間が避難をせず踏みとどまっていました。
 致命的な事態を招いたのは、非常用ディーゼル発電機が水没してしまったことです。
 だから、人力によってこの前例のない緊急事態に対応せねばなりませんでした。
 格納容器内の圧力を逃すため、ベント決死隊が組まれ、被曝を覚悟の上でベテランのエンジニアたちが建屋に突入し、人力で弁を回さなければならなかったのです。
 また、人力によって原子炉も冷却しなければならないため、自衛隊から消防車が呼ばれました。彼らも幾度も身の危険に晒されながら、勇敢に注水作業を貫徹しました。
 結果的には、こうした方々の命を捨てた挺身で、暴走しようとするプラントは人間の執念に根負けしたのです。

 東工大理学部応用物理学科卒業の理系首相、菅直人が、東電への不信感から感情を爆発させたことは有名ですが、その裏側もちゃんと書かれています。東電が復旧から撤退する、なんて社長は言ってなかったのですね、実は。
 菅直人が東電本店の2階でぶった演説は、テレビ電話を通じて、福島の現場にも流れていました。
 すでに命を懸けていた作業員や所長の吉田は、「なに言ってんだこいつは」という白けた雰囲気だったようです。菅の気持もわからんではないですが、事故直後に現場を視察して混乱させたことといい、海水注入を中止させようとしたこともそうですし、このときの国の危機管理は最低だったのですね、ここまでとは思いませんでした。
 まあ、首相が理系だったから原子力の知識が生半可にあったことも災いしたのかもしれませんね。何も知らない人だったらはじめから丸投げして、あとから恥をかくようなことにはならなかったかもしれません。
 
 現場の緊急対策本部のトイレは水が流れないうえ、仮設トイレも血尿でいっぱいだったそうです。
 600人いた免震重要棟は、2号機の格納容器圧力が設計圧力の2倍となり、格納容器爆発という最悪の危機を迎えて、59人の上役やベテランだけが残り、あとは退避します。
 彼ら管理職は自ら、線量が高い場所で消防車の誘導をやったり、消火ホースを必死につなげたり、決死の場所で逃げ出すことなく、責任を全うしたのでした。
 また、大津波がきたときにプラントエンジニアが2名、死亡していました。
 彼らは4号機のタービン建屋の地下1階で作業をしているときに、いきなり水が侵入し弾き飛ばされたのです。
 そのうちのひとり、青森県むつ工業出身の寺島祥希君(享年21)の話は本当に胸を打たれました。母校の生徒たちも折った千羽鶴は7千羽を数え、この真面目で優秀で屈強な若者は遺体で青森に帰るのですが……
 ろくに高校もいかず酒ばかり飲んでいた私の人生など、鼻くその先以下にもならないと思うのですね。
 日本人よ、この悲劇を忘るなかれ。



 
 

 
 
 
 
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