「芥川賞物語」川口則弘

 芥川賞の受賞作や選考委員の批評、賞を取り巻く周囲の状況などを、第1回から第147回まで地味で淡白に語るだけなのですが、なかなか面白い本でしたよ。
 あとがきに、「ここまで芥川賞のことばかり書いてきたが、最後なので正直なことを言うと、私は直木賞が好きである」と書かれていたのには思わず吹き出してしまいましたが。
 そうですね、読み物としての面白さでいうと断然、直木賞のほうが楽しいものが多いですから、ほとんどの方は直木賞のほうが好きなのは間違いないと思います。私は、半々というかどっちもどっちだなあ、くらいに思っています。選考委員だってクセのあるのが何人もいますし、各氏各説、文学観や芥川賞観が異なるのですから、選ばれるほうだって“運”に影響されるところ、大ですね。村上春樹や吉本ばなな、など受賞から漏れた大物も大勢いますし、受賞した作家もその後消えてしまった方なんてたくさんいますから。
 最近は、話題先行の面もありますし、年2回の実施ということあって何か安物っぽいイメージもでてきました。
 ただ、ひとつだけ確実であるのは、昭和9年、およそ80年も前にスタートしたこの文学賞が、いまだ歴然として数ある日本の文学新人賞の中で圧倒的に最高峰であるということです。
 たくさんのライバル賞がありながら、巷の評価は芥川賞から目を逸れることはありません。このことは凄いことですよね。

 芥川賞は、正式名を芥川龍之介賞といいます。
 創設されたのは、1934年(昭和9年)で、文藝春秋社(当時)の社主であった菊池寛が発案し、同社の社員たちの手によってつくられました。兄弟分に直木賞を伴い、直木賞は大衆文芸を対象に、芥川賞は文芸創作を対象としていました。賞金は500円でした。
 近代日本で懸賞小説が盛んになったのは、1890年代(明治20から30年)の頃からといわれています。
 明治末期から、公募によらず発表済みの作品を対象とした文芸表彰制度も現れはじめました。
 芥川賞も、新聞、雑誌、同人誌等に発表された作品の中から選ばれることに決まっていました。
 記念すべき第1回の受賞作は石川達三「蒼氓」。このときの候補には太宰治もいましたが、落選。彼はよほど芥川賞が欲しくて(賞金か笑)自己PRもしたようですが、第1回から66回まで選考委員を努めることになる川端康成には睨まれており、当時は一度候補になった作家は二度と候補にはなれない、という今では考えられない内規があったため、芥川賞に縁はありませんでした。
 このほか受賞にまつわる有名なエピソードとしては、第6回(1937年下期)に「糞尿譚」で受賞した火野葦平が受賞時に中国に出征していたことや、第11回(1940年上期)には高木卓が、自分の作品の出来が悪いとして初めて受賞を辞退しました。
 回を重ねるにつれ、芥川賞を受賞すると有名になれる、昨日まで無名だった同人誌作家が受賞後は雑誌や新聞に舞台を提供され、流行作家の道を歩むという図式は順調に出来上がったようです。
 太平洋戦争末期第21回(1945年上期)は延期され、1949年上期に再開します。
 戦後の第34回(1955年下期)に「太陽の季節」で受賞した石原慎太郎の圧倒的なメディア露出で、芥川賞は日頃本など読まないほぼすべての日本人にも認知されるようになりました。
 そして、芥川賞は他社の賞を含めた多くの新人賞よりも一段上位にあるという地位を獲得しますが、これには文藝春秋という会社のたゆまざる努力があります。戦略といいますかね。予選通過作を選ぶ膨大な作業を担当しているのは、日本文学振興会から委嘱された文藝春秋社員なのです。
 第46回(1961年下期)には、会場で誤報が流れたため、落選した吉村昭が間違って授賞式に現れるという芥川賞史上前代未聞のハプニングも発生しました。
 しかし、こうした事態や芥川賞という一大権威へのやむことなき悪口は、逆にといいますか、かえって芥川賞サイドの地位を高めているのですね。無視されるようになれば終わりですが、「芥川賞くだらない」と言うことはそれを意識しているということです。この風潮は今後しばらく変わらないでしょう。
 それに選考委員はやはり当代の超一流ですよ。第1回から86回まで委員を務めていた瀧井孝作が一番長い選考歴です。他にも井伏鱒二、谷崎潤一郎、横光利一、開高健、石原慎太郎、大江健三郎、井上靖、遠藤周作など赫々たるメンバーが選考委員として名を連ねました。まあ、性格が非常に難しい方も多いでしょうけど、新人賞であるからには新人を発掘したい、しかしたった一作だけの判断で賞を贈る勇気がない、というのはよくわかります。
 だから、受ける側もですね、まあそのうち舞城王太郎も何かの拍子に受賞するかもしれませんが、もらってラッキー、もらえなくてもノープロブレム、くらいの春風のような気楽な気持でいいんじゃないでしょうか。
 本書をずっと読んでみて言えることは、真剣に受賞したいと思うにはあまりにも不確定要素が過ぎる選抜である、ということです。ほぼ運でしょうな。

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