「アトロシティー」前川裕

 タイトルの「ATROCITY」は、残虐、非道などの意味があるようです。
 怖かったですね。
 最近読んだものでは小野不由美の「残穢」で圧倒的な恐怖感を感じましたが、それとは別個の怖さでした。
 こっちは、明日にでも現実に我が身に起こりうる可能性のある、身につまされる怖さでした。
 多人数で、水質検査だといって家に上がり込んで、何十万もする浄水器買わされたらかないませんよ。
 金がなかったら、貧乏な奴嫌いだし、じゃあ殺しちゃうかって、手足抑えて腹を包丁でブスブス刺されたら、そりゃ死にきれないでしょう。
 直接顔を合わせる悪質な訪問販売は、商売がアナログからデジタルに変わったみたいに、数こそ減っているのかもしれませんが、角が立たないようにピシャリと断らないと、優柔不断なことしてたら大変なことになります。
 現役の大学教授でもある作者の前川裕は、これが日本ミステリー文学大賞新人賞の受賞第一作で、受賞作「クリーピー」でも、住宅街の平穏な生活に潜む恐怖を描いていましたが、物語こそ違え同じ路線だと思います。
 結局は複数の事件が通底しているのですが、一見、何の関係もないように見えるという手法もまた同じです。
 ただし、残虐な犯罪サスペンスの恐怖をストーリーの主軸に据える一方で、思わぬ伏線からもうひとつのミステリーが静かに進行していくプロットからして、明らかに本作のほうがレベルが上でした。
 だいいち、読みながら味わわせられる恐怖感の度合いが数段違いますよ。

 導入は昨年の5月に三鷹市で起こった事件だった。
 アパートで28歳の母親と5歳になる女の子が、餓死したのである。発見したのは、半年も家賃を滞納された家主で、母娘は料金の未払いにより電気も水道も止められていた。母親は生活保護を知らなかった可能性もあった。
 主人公の56歳、フリーのジャーナリストをしている田島は、この事件と呼ぶにはあまりにも希薄で無機質な、都会がいかにも荒涼とした砂漠であるかのような、出来事を雑誌に執筆するために追っていた。
 このときの記事は「悪意の闇 水道水まで止められた孤独な母娘の餓死」というタイトルで注目を集める。
 それからしばらくして、田島はマンションの隣人のトラブルに巻き込まれる。
 浄水器の悪質な訪問販売だった。原発の事故以降、数千円の浄水器を何十万で売りつけるインチキ商法が増えていたのだ。隣人はアングラの歌手とそのマネージャーをしている姉妹であり、田島もライブに行ったことがあった。姉妹は、ふたりの男に執拗に勧誘され困り果てていた。
 トラブルは、警察の介入により収まるが、このとき田島は隣人のライブで会ったヤクザのように派手な大男が警視庁捜査一課の刑事であったことを知る。彼は緑川といって隣人の竜之介(性同一性障害)と冬子のファンだった。
 緑川は、2年の間に都内で連続発生していた悪質訪問販売の殺人集団を追っていた。
 被害者が浄水器の購入を強く拒否した場合、手っ取り早く殺して室内の現金を奪って逃げるのである。
 田島は、警視庁の一匹狼である緑川から極秘情報を与えられ、この事件の現場で残された指紋が、ある前科犯の物であったことを知る。その事件とは、15年前世間を震撼させた宝塚市で起きたカップル監禁殺害事件だった。
 被害者男性の見ている前で恋人である被害者女性を数人で陵辱し、3日間暴行を加えたのち殺害したこの凄惨な事件は、主犯格は死刑となったが、犯行グループの中で当時少年だったために懲役6年ですでに出所した人間がいた。この男の指紋が都内の連続訪問販売殺人事件の現場から発見されたのである。
 スコーピオンと仇名される、口渇で残忍な集団リーダーを追う、田島と緑川。
 そして三鷹市の事件で母親だった松本由子の死体検案書が、なぜか田島に送付されてきたという謎。
 やがて狂気の集団の魔の手は、田島の別れた妻と娘にも襲いかかろうとする……
 ブログ、ツイッター、フェイスブック、これらはすべて人間の連帯を希求する、おびただしい数の孤独の影である。
 枯渇した愛の泉に、潤いの水が与えられるとき、思わぬ方向へと誘(いざな)われる、これが人間。現代社会。

 死体の一番安全な隠し場所は自宅だそうです。
 もっともな話ですね。
 主人公の田島は大学の非常勤講師もしていましたが、そういや前作の主人公も大学教授だったなあ、と。
 小説書く暇があって、自分の職業も物語の設定に使い易いとくるんだから、大学の先生はいい商売だなあ(笑)
 もっとも、小説家が本来であって大学教授が余技なのかもしれません。それくらい、面白かったです。
 次回作も超期待です。


 
 

 
 
 
関連記事
スポンサーサイト

この記事へのコメント

トラックバック

URL :

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
カテゴリ
ミステリー (92)
ミステリー短編集 (17)
歴史ロマン・ミステリー (17)
冒険ロマン・ミステリー (14)
サイコホラー・ミステリー (15)
学園ホラー・ミステリー (14)
民俗ホラー・ミステリー (10)
政経・金融ミステリー (18)
ファンタジックミステリー (22)
近代・昭和ミステリー (14)
オカルティックミステリー (7)
青春・恋愛ミステリー (21)
医療小説・ミステリー (22)
伝奇小説・ミステリー (14)
時代人情小説・ミステリー (18)
時代冒険小説・ミステリー (19)
社会小説・ミステリー (15)
スポーツ小説・ミステリー (10)
アーティスティックミステリー (12)
海外ミステリー (28)
海外冒険小説・スリラー (17)
SF・FT・ホラー (26)
SF・FT・ホラー短編集 (13)
海外SF・FT・ホラー (17)
クライシス・パニックサスペンス (12)
警察・諜報サスペンス (29)
悪漢・犯罪サスペンス (30)
中間小説 (24)
青春・恋愛小説 (32)
家族小説・ヒューマンドラマ (31)
背徳小説・情痴文学 (14)
戦記小説・戦争文学 (19)
政経・金融小説 (14)
歴史・伝記小説 (23)
芥川賞受賞作 (19)
直木賞受賞作 (19)
文学文芸・私小説 (24)
海外小説・文学 (12)
文学アンソロジー (54)
歴史・伝記 (30)
戦史・戦記 (31)
海軍戦史・戦記 (150)
物理・宇宙 (26)
生命・生物 (37)
アンダーグラウンド (46)
事件・事故 (38)
世界情勢・国際関係 (25)
スポーツ・武術 (24)
探検・旅行記 (22)
随筆・エッセイ (30)
月別アーカイブ
プロフィール

焼酎太郎

Author:焼酎太郎
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
最新トラックバック
リンク
QRコード
QR
RSSリンクの表示