「機雷」光岡明

 昭和56年度下期直木賞受賞作です。
 著者曰く、登場人物はモデルさえいないまったくの架空キャラクターですが、物語中に起こる出来事はすべて実話とのことです。ものすごくよく出来た戦記小説、いや戦争文学というべき文学性の高い作品です。
 戦争文学というジャンルの文学的昇華性の高さは、人を殺し殺されるという本来なら非日常である空間を舞台として、人間とはいったい何か、魂とは何かという、生活という贅肉をこそぎ落とした人間そのままの姿が露わになるというところにあるのではないでしょうか。本作は、主人公である光岡という人間に無機質な機雷という兵器の組み合わせで、時系列に沿って進む戦況とともに、弱き魂が思わぬ強さへと変化していく様が劇的に描かれていると思います。

 機雷(93式機雷)とは、厚さ3.95ミリの鉄板をお椀型に成形し、2つを合わせ溶接して、その中に爆薬をいれたものです。直径、高さともに86センチ。つまり鉄球です。中には空間もあって浮力があります。
 この外側に、4~9本の触覚がついており、触覚に水上艦艇や潜水艦があたって壊れると、触覚の中のガラス瓶が割れ、中の重クロム酸カリが流れだして触覚の中の炭素と亜鉛の棒を浸し、電池となるや、全体の爆薬を炸裂させます。93式の爆薬は百キロ、全行程が千分の1秒か2秒で作動します。
 鉄片が飛び散って船底に損傷を与えるのではなく、爆薬が瞬時に超高圧のガス体となり、周囲の水壁に圧縮波を与え、これが強大な音波となって圧力を伝えるのです。
 本作の主人公、光岡成明中尉(のち大尉)は、やがて機雷の鬼と呼ばれる機雷に憑かれた男です。
 4篇の連作の物語は、彼の護衛隊から敷設隊、掃海隊、戦後処理という所属部隊の変遷を舞台としています。

「海防艦大東」
 昭和19年11月16日、大分の佐伯で1ヶ月の促成訓練の後、海防艦大東はフィリピンへ向けて出撃した。ヒ八一船団の護衛任務である。これは光岡成岡中尉にとっても初陣であった。駆逐艦雷乗組が決まっていた光岡は、開戦直前に病をえて1年以上も海軍病院での入院を余儀なくされた。兵学校の成績も下から数えたほうが早かった彼は、快癒した後も内地の軍需部隊勤務となっていたのである。彼は華々しい活躍も死に場所さえ失っていた。
 大東は排水量940トン、小浪にも揺れる小船である。そして海防艦は戦う船ではない、守る船である。光岡は海防艦ごときを馬鹿にしていた。それは軍令部にとっても同じで、輸送船を守る海上護衛総司令部が発足したのは昭和18年11月のことであった。病が危篤の状態に陥って医者を呼ぶようなものである。
 門司、シンガポールと航跡を残した大東は、昭和20年1月9日、ヒ八六船団(輸送船10隻)を護衛してサイゴンから出撃する。せめて駆逐艦で死にたい。光岡の想いは届かず、羊群は飢狼の中を横切るがごとく、船団は敵航空機による全滅戦へと突入していく。
「敷設艦常磐」
 昭和20年3月26日、光岡が大東から敷設艦常磐に転勤して2ヶ月。常磐は、艦齢47年、日本海海戦を装甲巡洋艦として戦った老朽石炭船で、現在は佐世保鎮守府防備隊に所属する敷設隊である第18戦隊の旗艦。
 ここで光岡は駆逐艦乗組の願望が瘧が取れたように落ち、機雷と向き合う。常磐ら敷設隊は、対馬海峡に機雷堰を敷き、完全封鎖を目論む。しかし、日本海軍は護衛戦の伝統も持たなかったが、機雷戦の伝統もなかった。
 連合軍は航空機で磁気機雷を大量に落としてくる。それは五手詰のところを二十手詰でくるようなもので、日本海軍にその発想はなく、関門、東京、名古屋、大阪、神戸の主要港全部が機雷で埋められようとしていた。それは日本の物流が完全にストップしてしまうという、連合軍による蛇の生殺しであった。
「哨戒特務艇二五号」
 光岡の次の勤務先は掃海隊だった。ついこの間まで機雷を埋めていたのが、いまは機雷を探しまわり爆破しようとしている。光岡が艇長となった哨戒特務艇は、わずか240トン、25ミリ二連装機銃1基、爆雷8個の木造船である。まさに、ピンからキリのキリであった。掃海は、面倒、厄介、単調、繁雑、不快な作業であったが、光岡はますます機雷にのめり込んでいく。しかし、敵の敷設能力は、日本の全掃海能力を上回っていた。
 しかも、日本海軍が掃海不可能である水圧磁気機雷A6を含む、約1万発の機雷が日本海域を埋め尽くしたうえ、機雷堰で守られ天皇の浴槽といわれた日本海が敵潜水艦3群9隻に突破された。港は敵機雷のためにほぼ使用不能となり、原料炭、鉄鉱石、工業塩、液体燃料、鉄、軽金属がなく、何も作れないどころか飢餓まで迫っていた。
「試航船栄昌丸」
 日本は敗戦し、掃海は作戦から業務になった。日本海域には日本が敷設した機雷5万5千個、連合軍が敷設した機雷1万個が残されたままで、関門には4500個あった。鋼鉄製の掃海艦しかなかった連合軍は、掃海をすべて日本に任せることになった。基本的に掃海は磁気を帯びない木造船で行うものであり、日本掃海隊だけがやれた。
 このため陸海軍すべて大本営も解体されたが、掃海部隊は日本の非軍事化及び民主化に欠くことのできないとされ、武装解除以外は、組織、人員に変更はなく、全348隻、約1万人の規模がそのまま使われた。
 掃海隊旧海軍将校も、現に非軍事化に従事している者という例外規定で追放のまま現職に留まれた。
 光岡は大尉になっていたが、関門の掃海課の課長としてそのまま掃海任務に就いた。あれほどせめて駆逐艦で死にたいと思いつめていた男が、海軍解体後も機雷の専門家として海軍に欠くことのできない人材になっていた。
 しかし、掃海は思うようにはかどらず、10月7日、内海ー九州航路再開の第一便であった女王丸1257トンが触雷沈没した。336人が死亡し、GHQは新聞、ラジオからこのニュースを差し止めた。
 かつて光岡が乗り組んでいた海防艦大東も触雷沈没した。これも機密とされた。なぜなら、アメリカが敷設した水圧磁気機雷や磁気機雷は、ヘーグ条約違反だったのである!
 やがてGHQにより機雷原を突破しながら爆発させて処分する強行処理船が提案命令される。結局、アメリカは自分が敷設したA6機雷の処理方法を知らなかった、いや、なかったのであった。
 特攻船ともいえる試航船栄昌丸の船長にかつての部下が就任したと聞いた光岡は、自分が変わるべく現場へ向かう。

 結局、第1回の安全宣言が出されたのは、昭和27年1月5日でした。
 機雷とは、光岡の言葉通り、ただ待っているだけの兵器でもなければ、当たれば爆発するだけのつまらない兵器でもありません。はっきりとした攻撃の意志を持っており、しかも手がつけられないほどの激烈さ、人間の手から何度も抜け落ちる狡猾さも合わせ備えているのです。
 機雷の中に自分を閉じ込め、そこから飛翔した光岡。
 機雷にやられるとはなんと間抜けなのかと思うなかれ。人間の死に場所とは、そこに差別はないのです。
 
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