「機雷掃海戦」隈部五夫

 特設艦艇によって海軍を学び成長した海軍予備士官は、前線が後退し、燃料不足により残存大型艦が動けず、飛行機も飛べなくなり、日本の本土が沖縄をはじめ戦場化されても、なお海上で敵と戦い、これを撃滅しようと悪戦苦闘していた。局地防衛に携わっていた特設艦艇と海防艦以下の小艦艇は、いつの間にか第一線に押し出されていた。
 われわれの仲間は開戦より敗戦までの長い3年9ヶ月の間を戦い、多くの犠牲者を出した。
 あの船体は小さく速力の遅い船で貧弱な武装をして、優れた電波兵器を駆使した敵に立ち向かった。
 これが日本の沿岸を守り、南方遠く多くの島々を守った改装特設艦艇の戦争であった。


 神戸高等商船学校を卒業した著者は、昭和10年から内地と中国を結ぶ航路の商船に乗っていました。
 昭和16年8月25日、天津から川崎へ航行中、海軍より予備士官としての召集令状を受け取ります。
 補せられたのは、小型貨物船を改造したわずか283トンの第二号朝日丸掃海艇長。掃海具のほか、主砲8センチ平射砲1門、機銃1,爆雷及び爆雷投下器、水中探信儀などの装備はあったものの、焼玉エンジンは最高速力11ノットで、今まで乗っていた商船の一番小さいものでも3千トンあったことと比べると、海に浮かぶ木の葉でした。
 
 言うまでもなく日本の周囲は全部海です。その海岸線はとてつもなく長いです。
 戦争を間近に控え、敵から港、艦船を守るべく、敵潜水艦の哨戒掃討を受け持つ特設艦艇が大量に必要なことに気づいた海軍は、民間より徴用した船を改造し、緊急招集した予備士官を幹部としてこれに充てたのです。
 あまりにも時間的余裕がなく、訓練すらままならないまま、著者は昭和16年10月22日に改装の終わった掃海艇を率いて下関防備隊に回航し、第33掃海隊に配属されました。開戦時には内地に106隻の特設掃海艇があったと書かれています。小さな艇にとって、掃海や対潜哨戒よりも荒れた天候が一番の敵でした。海軍艦艇の中でも一番小型の駆潜艇を見ても、一刻も早くこの型の艦に乗り移りたいと思ったそうです。

 昭和19年12月20日、著者は3年3ヶ月乗っていた掃海艇第二号朝日丸をあとにしました。
 昭和20年2月7日竣工したばかりの丁型海防艦第154号の艦長になったのです。
 海防艦には、甲、乙、丙、丁の型があり、甲と乙型には艦名に島の名が、丙型には奇数番号がつけられ、丁型には偶数番号がつけられました。丁型は、900トン、最大速力17・5ノット、12センチ高角砲2門、25ミリ機銃6基を対空兵力に持ち、水中聴音機、探信儀、三式爆雷120個の対潜兵力を有していましたが、推進器は一軸しかない量産型でした。
 海防艦は国民に知られていないとはいえ、戦争中も戦争が終わってからも、果たした役割は他の艦艇のなし得なかった大きいものでした。復員輸送、戦後掃海の主戦となったからです。
 しかし、著者が艦長に補せられたこの時期は、もはや日本近海でさえ航行の安全は保証できませんでした。
 船団を護衛しての南方特攻にいくはずが、タービンエンジンが故障したため、154号は関門海峡の東部掃海部隊指揮艦となりました。関門海峡の敵投下機雷の監視、掃海指揮が主任務でした。
 当時、太平洋は敵潜水艦が遊弋していたため、瀬戸内海と外洋を結ぶ唯一の水路となっていた関門海峡に、敵は感応機雷を大量に投下したのです。
 感応機雷は、回数起爆装置など当時の科学の粋を集めた精巧な機雷で、有効な掃海方法はありませんでした。
 大型艦も輸送船も、夫が船長で妻が機関長、小さな子どもも乗った機帆船も差別なく吹き飛ばしました。
 一日に駆逐艦を含め19隻の被害を出したこともあります。そのたび著者は救助に力を尽くしました。
 足摺岬電探所の能力は優秀で、そこで捉えられたB29が、夜間高度3千から4千で1分間に7~9個の機雷をばら撒くのです。その場所を監視し、夜明けを待って掃海をはじめ、日暮れて見えなくなるまで掃海索を引き発音弾を投下するという、労多く報いられることのなかった根気がいる作業は、終戦まで気が休まる時がなかったといいます。
 いや、戦争が終わってからも続きました。
 海防艦として船団護衛、潜水艦の掃討を本命とする兵員、兵器を与えられながら感応機雷の監視、掃海指揮という畑違いの戦闘をしてきた154号は、終戦直後の呉の工廠で砲を降ろして掃海艦に改造されました。
 戦後、掃海艦に改造された海防艦は21隻あったそうです。
 掃海というのは、とても危険な作業です。現に戦後掃海で海防艦「大東」は対馬海峡で触雷沈没しました。
 やっと戦争が終わった、生き残ることができた、故郷に帰ることができる、と思ったのも束の間、戦後の敗戦処理として危険な機雷掃海作業をやらされた予備士官、兵員の気持ちはどうであったでしょうか。
 著者が任務を解かれたのは、昭和21年3月でした。著者は予備士官であり正規の軍人ではありませんでした。断って家族のもとに帰ることもできたのです。しかし、日本の海を再び安全にする使命を感じたのでした。
 戦争中も表面に出ることなく裏方の戦闘に徹していた掃海部隊は、戦後もまた表面に現れることなく、国民に注目されることもなく、もっとも危険でありながら、日本の海を開くという極めて重要な戦後復興作業を忠実に果たしたのです。

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障害報告@webry - 2014年01月30日 02:08

ここは酷い感応機雷ですね

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