「友罪」薬丸岳

 問題作ですねえ。
 ミステリー小説ではありませんが、将来は薬丸岳の代表作として数えられるかもしれません。
 本作はどのようなジャンルの小説であるかと問われれば、重苦しいヒューマンドラマとでも云えましょうか。
 端的に云うなら、かつて日本国内に衝撃と未曾有の恐怖をもたらした、かの“酒鬼薔薇聖斗”があなたの隣に住んでいたら、知らない間に友人として付き合ってしまったなら、そしてもしも好きになってしまったなら、という極限の“If”の物語です。読みながらずっと考えてました。私ならどうするだろう、とね。
 この物語の登場人物たちも戸惑います。激しい嫌悪感を感じたりバケモノ扱いする一方で、特別なチームによって矯正され少年院を仮出所された“少年”は指名手配犯ではないわけですし、正体を知らない間に多少なりとも人間関係を結んでいれば、メディアで見聞きした向こうの世界のバケモノではなく、こっちの世界の人間としてその目に映っているわけですからね。しかし、彼がどれだけ愛想のいい人間で、仕事をそつなくこなすことができても、殺人犯であることに変わりはありません。たとえその事件が14年前の子供の頃に起こした事件であろうと、再犯の可能性が極めて低かろうと、正常な精神状態になっていようと、子供を残忍な手口で殺害したのは、厳然たる事実なのです。
 彼は整形をしてハンサムになっています。元彼から嫌がらせを受けたときも助けてくれました。あなたはだんだんと彼のことを好きになっていく。そのとき彼の封印された過去が露わになったとしたら・・・
 あなたなら、どうしますか? 彼は世間からの憎悪に怯えながら決して光が自分を晒さない場所ばかりを探しながら生きていくしかありません。もちろん、それは当然の報いですし、残忍な小学生殺人事件の犯人はどんな人間かという興味以外の理由で関わりを持ちたいと思う人間なんかいるはずがありません。
 しかし、あなたが彼の唯一の救いという存在になってしまったらどうでしょうか。
「ずっと友達でいてほしい。たとえどんな話を聞いたとしても友達でいてくれるって約束してくれるかな」
 と言われて重荷を抱えたまま生きていくことができるでしょうか。再び関わりのない向こう側の社会へ放り出し、話のネタにして生きていきますか。想像はいくらでもできる。この物語の登場人物のような立場に置かれることはまず考えられないでしょう、しかし、本当にそのような環境に置かれれば、私があなたがその時どのような行動を取るのか、それはその時の私とあなたにしかわからないのです。
 
 埼玉県川口市、ステンレス加工を専門とする町工場「カワケン製作所」。
 同じ日に、27歳になるふたりの男が面接を受け採用されます。
 ひとりはジャーナリスト志望ながら正義感が強すぎて週刊誌の編集部のアルバイトをクビになった益田純一。
 ひとりは溶接や旋盤の資格を持ちながらどことなく奇妙な印象を与える鈴木秀人。
 寮で隣の部屋になった益田は、毎晩鈴木の唸り声に悩まされます。彼は何の悪夢を見ているのか?
 きっかけは黙って入った彼の部屋で見た写真でした。家族写真とおもわれるものには、新潟県出身であるという彼の言と違って、益田の故郷である奈良のあやめ池遊園地が写っていたのです。
 27歳にもなってカラオケも知らない鈴木。工場の機械で切断された指を写メした鈴木。彼の親戚だと言ってやってきて、それとなく彼の様子を知らせてくれと頼んできた謎の女性。
 益田の中で疑念は深まり、やがてそれは確信へと変わっていきます。
 14年前に、それは奈良で起こりました。ふたりの小学校低学年の男児が両目をくり貫かれて殺害された、黒蛇神事件。犯人は中学校2年の少年でした。6年前に少年院を仮退院した少年は、彼の生活を監視するチームの目から逃れて行方不明になっていました。
 鈴木秀人という自分を頼りとする人間と向き合い、ジャーナリストを志望する自分という人間と向き合い、苦悩する益田。鈴木と同じように履歴書には謎の8年間の空白がある事務員の藤沢美代子は、鈴木に惹かれていきます。
 製作所最年長ながら、妻と子供の存在には蓋をしてひとり寮に住んでいる山内は、鈴木に理解を示します。
 “バケモノ”の仮の母親となって矯正にあたった医療少年院精神科医の白石弥生は、実の息子との関係が粉々に壊れながらも、鈴木の行方をつかもうとします。
 鈴木秀人という、忌まわしい過去を背負いひとりで生きていく覚悟を決めた人間を巡る、それぞれの想い。
 益田の手になる、最後の手記は名文だったと思っています。

 読みながら、数年前のノルウェーの銃乱射事件を思い出しました。
 あのときひとりの普通のノルウェーの女性が、「この悲劇を生んだのは他ならぬ私達の社会である」というようなことを語っているのを見て、非常に驚いた覚えがあります。なんと高度な社会なのだろう、と。そこには死刑などいらないでしょう。しかし、日本は北欧とは違って人口が1億人を超えます。上品で高度な理念を持つ社会になるにはいささか大きすぎるという面もあるのでしょうが、日本から死刑がなくなることはおそらくないでしょう。
 日本人とはさも孤独な存在です。本作を読んで、しみじみそう思いました。


 
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