「魚雷艇学生」島尾敏雄

 戦争文学の金字塔といえる作品ですね。
 第38回野間文芸賞受賞作ですが、直木賞を獲った他の戦記小説群よりもレベルは一段高いと思います。
 刊行が作者の晩年で記憶が定かでない部分があるのと、短編が時系列に収蔵された連作小説集(個々の作品は6年かけて新潮に発表)ですし、また内容は魚雷艇というマニアックな兵器ですから、少々とっつきにくくはありますが。
 兵士が過去の戦争経験を小説にしたというものではなく、文学者が過去の戦争経験を文学的に綴った、というニュアンスで合っているかと思います。だから、特別デフォルメしているところは目につきませんが、主人公である作者自身の心の内面が非常に繊細に、外部との人間関係も縺れの一本一本が透けて見えるような書き方がされています。
 かといって本作がただの戦争文学ではないと云えるのは、作者がマイナーな第1期魚雷艇学生で震洋という特攻兵器の部隊で指揮官をしていたという事実です。だからこれ、貴重な資料でもあります。
 あまりないと思いますよ、魚雷艇や震洋について書かれている本は。
 私は、文学として楽しみ、戦争資料としても興味深く読ませていただきました。

 小説は7つの章で構成されており、時系列に並んでいます。
「誘導振」作者が昭和18年9月30日、志願して第3期海軍予備学生として呉海兵団に入営し、旅順の基礎教育部隊で訓練している頃。まだ軍服に体が合っていない。修正という体罰を受け続ける。
「擦過傷」昭和19年1月25日の旅順での基礎教育終了まで。作者はおそらく20代後半であり、かげでおやじ、おっさんと呼ばれていた。集団生活が苦手で、気性のおだやかな目立たぬ学生と近づきあうことが多い。
「踵の腫れ」海軍水雷学校の三ヶ月間。作者は暗号、通信、魚雷艇の順に兵種を志望し、一番海軍らしい潮気があるかわりに最も危険な配置である魚雷艇に配属が決まった。昭和19年2月6日、第3期予備学生約3500人中300人が第1期魚雷艇学生となる。卒業は210余名。海軍士官として背筋が伸びてきたが、魚雷戦を戦わねばならない身の上にありながら、文系学生だったためか魚雷が一向に好きになれない。
「湾内の入江で」この作品は第10回川端康成文学賞受賞。魚雷艇学生は、訓練のため長崎県大村湾沿いの川棚臨時魚雷艇訓練所に向かう。昭和19年4月末~7月10日まで。魚雷艇学生の中から特攻志願者が募られる。作者は特攻などはるか他人事であったのに、志願してしまう。マルヨンと呼ばれる高速小舟艇に30人が配属される。
「奔湍の中の淀み」再び横須賀の水雷学校へ。マルヨンと呼ばれる特攻兵器震洋を初めて目にする。それは、薄汚れたベニヤ板張りの小さなただのモーターボートだった。作者は大きく落胆する。これが私の終の命を託する兵器なのか。自分の命が甚だ安く見積もられたと思った。そして内実はこのような簡易な兵器の製造すら逼迫していた。作者はそれが特攻出撃のX日の先送りを意味していることに内心ホッとする。
「変様」昭和19年8月18日、再度川棚の訓練所へ。今度は魚雷艇ではなく震洋の訓練であり、作者は一個艇隊(12隻)を率いる艇隊長だった。震洋の取り扱い講習1300人を15人の士官、50人の兵曹長で受け持つ。10月15日、兵学校出の士官の赴任が遅れ、作者は第18震洋隊指揮官となる(4コ隊48隻)。独立の特攻部隊であった。
「基地へ」昭和19年11月21日、奄美の加計呂麻島の基地にたどり着くまで。佐世保の飲み屋で他部隊と派手な喧嘩。ここから終戦までの話は残念ながらない。作者の部隊はギリギリ特攻出撃を免れたはずである。

 残念なんですけどね、終戦までの1年の記録がないのが・・・自分らで基地も作ったはずで大変だったでしょう。
 さて、作者が配属された魚雷艇について少し。
 魚雷艇というのはそれまでの海軍になかった部門です。何に影響されたかというと、アメリカの魚雷艇の奇襲攻撃に日本艦艇が非常に悩まされていたのです。トーピードー・ボートとここでは書かれています。確かケネディ大統領も乗っていました。高速の魚雷攻撃専用小型舟艇です。これで戦艦がやられたこともあるのですよ。
 日本もこれと同じようなのを作ろうとしていました。木造で20メートル、乗組員は6,7名。その艇長に第1期魚雷艇学生となった海軍予備学生を充てようとしていたのですね。しかし、ドイツから魚雷艇用ベンツエンジンを運んできても日本で生産する能力はなく、結局、大量生産することはできなかったのです。戦局は逼迫していましたし。
 だから作者は、魚雷艇の艇長から特攻兵器震洋の艇長に鞍替えさせられたのだと思います。
 もっとも本人は、魚雷戦用意にはじまり、敵艦へ接近し、距離、敵艦の速力、進行方向、射角などを一瞬で見当をつけ、その数値を魚雷に調節し「ヨーイ、撃(て)」と発射号令をかける魚雷艇が大変苦手であったようです。
 ちなみに作者が指揮官だった第18震洋隊以外の震洋隊は輸送中に輸送艦ごと撃沈されたり、フィリピンのコレヒドールの基地を襲撃されたりして、出撃効果は確認されないままほぼ壊滅しています。

 たった1年の促成教育で士官となった海軍予備学生である作者と、歴戦の海軍軍人である兵曹長らとの軋轢もうまく書かれていました。本当に、軍服一枚で外側と内側が全然違うのですね。軍服を着用すれば、気ままな学生生活でなまくらであろうが、外から見たら海軍そのものなのです。
 作者は肺にも少々持病を抱えながら、自身の変容のきっかけとすべく軍隊生活を志願しました。
 平均年齢が24歳という教育部隊で、27歳になろうかという作者はおとなしく、おっさんと言われ浮いていました。厳しい訓練にも、ついていくのがやっとでした。中途半端に真面目なので要領も極めて悪かった。
 それが度重なる体罰を受け、多くの恥をかいて内面で葛藤しているうちに、あろうことかはずみみたいな感じで特攻を志願し、ついには震洋艇48隻及び基地部隊隊員180名を率いる指揮官となったのです。
 で、まぐれで生きて還って来た。
 本当に、人生とはなんとかなるもんだと思えましたね。


 
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