「甦ったスパイ」チャールズ・カミング

 海から2ブロックのブラッセリーで肉とフライドポテトを注文したが、とても食えた代物ではなかった。
 料理を運んできた可愛らしいパリジャンのウェイトレスは、チップが欲しくてうずうずしている。
 南フランスのレストランは、どこもかしこも経営者は中年の男で、三十なかばの女房も夫と同じ太鼓腹をし、夫婦ともに日に焼け、一発やりたくなるような悩殺的な美女をウェイトレスとして雇っている。
 この店の経営者は、サーブするときのラファエル・ナダルのように尻の割れ目を掻きつづけていた。
 「ステーキは固かったな」ケルは英語で店主に話しかけた。
 「コマン?(なんですって)」
 男はケルの肩越しに視線を向けた。イギリス野郎と目を合わせるのは沽券にかかわると思っているのだろう。
 「ステーキが固かったと言ったんだ」
 「クワ?(はあ)」
 「ミディアム・レアのチューインガムを18ユーロで客に出していいと思ってるのかい?」


 めちゃくちゃ面白かったです☆
 こんなの日本人に書くことはムリでしょうね。
 本邦第二訳の本作は、2012年の英国推理作家協会賞受賞作。
 「ケンブリッジ・シックス」(カテゴリー海外冒険小説・スリラー参照)も面白かったですが、それ以上間違いなし。
 今現在で世界ベストのスパイ小説作家になりましたね、チャールズ・カミング、まだ若いのに。
 読んでいてわかりやすいんですよね、ごちゃごちゃしてないから。
 視点の変更や時系列の前後はけっこうあるんですが、流れがいいせいか、混乱しません。
 キャラクターもみんないい味だしてます。引退した老婦人のスパイ(バーバラ)が性格が難しいホテルの客や家政婦になりすますのも面白かったし、SIS長官であるアメリアも魅力十分でしたよ。
 また現代風といいますか、主人公のスパイが普通の人間であり、喧嘩には弱いし銃も撃ったことがない。
 これは「ケンブリッジ・シックス」でもそんな感じでしたが、007やトム・クルーズのやつ(名前忘れた)なんかと違って、スパイが非常に現実的で、地に足が付いているんですよ。本当の諜報部員の姿というか。
 それがまた読んでいてバカらしくなりがちな、ハリウッドのアクション映画の台本そのもののスリラーとは一線を画す、リアリティがあって読みがいもあるスパイ小説となっているんですね。
 リアリティといえば、イギリスとフランスの微妙な関係が少しでもわかっていれば、この本はもっと面白いです。
 日本と韓国ほどではありませんが、イギリスとフランスは色々あるのです。
 イラクの大量破壊兵器事件くらいから、フランスと米英は非常に仲がこじれたときもありましたし。
 国連の安全保障会議においてもイギリスとアメリカに敵対するロシア、中国との間にフランスがいるような立場でしたね。シラク大統領が退任してからは、だいぶ改善しているようですけども、元からイギリスという国は大陸不信、ユーロ不信が伝統である島国ですから。どこか日本に似ています。
 だから、本作のイギリス諜報部MI6対フランスの対外治安総局DGSEという構図は、新鮮でありながらも伝統的な宿命の戦いと云えるのです。イギリス対フランス。ドキドキするスパイ戦争。面白くないわけがありません。
 “人生でひとりでいいから、自分を深く理解し、愛してくれる者がいることは幸せだ”を締めの言葉としたラストも素晴らしかったように思いました。
 
 じゃあちょっとあらすじを載せておきましょう。
 SIS(イギリス情報局秘密情報部MI6)を8ヶ月前にクビになった、元?スパイのトーマス・ケルは42歳。
 妻とはうまくいっておらず、単身者用アパートで、暇を持て余して酒を飲んだりテレビを観てばかりいる。
 そんなとき、元同僚でSISの高官であるジミー・マックワンドから思いがけず連絡が入った。
 是非とも手を貸して欲しい、というのである。
 実はすがりつきたいまで喜びながら、つっけんどんに応答したケルに対し、マックワンドはその案件を漏らす。
 人手が足らずにクビにしたスパイまで動員する案件、それは、SIS史上、もっとも危機的で謎に満ちた事件だった。
 6週間後に任務を引き継ぐ予定だった、SIS初めての女性長官アメリア・リーヴェンが、5日前南フランスで失踪したのである。アメリアはまた、ケルの元同僚で信頼すべき親友でもあった。
 22年にわたる諜報活動で使ってきた3つの名前のひとつであるスティーヴ・ユーニアックという偽名を用いて、さっそくケルはフランスに飛ぶ。そして微かに残されたアメリアの痕跡を追って、チュニジアまで向かうのだが・・・
 30年以上にわたって十代の頃の自分の残骸を隠蔽して、新しい人格を作りあげてきた伝説的な女スパイ・アメリア・リーヴェンの未来への、そして過去への旅。
 その謎は、いつしかケル率いるSIS秘密作戦部隊とフランスの対外治安総局の極秘作戦部隊の水面下の闘争へと展開されていく――

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