「艦爆一代」小瀬本國雄

 第3次攻撃隊艦爆隊編成はわずか4機であった。
 戦いの厳しさが「ジーン」と胸に応えた。
 搭乗員が整列を終えると、艦長、岡田大佐が角田司令官からの命令を伝達された。
「今朝からの数次にわたる攻撃の戦果を総合しても、敵空母に決定的な打撃を与えたとは断定できない。よって諸氏は祖国の命運を担い、再度出撃して敵空母に止めを刺してもらいたい。諸氏が犠牲になってくれ。成功を祈る」
 声涙溢るる命令であった。
 次に崎長飛行長が、細部にわたる敵情を説明された後、
「これから出撃すると帰りは夜になる、『隼鷹』は近くまで君たちを迎えにゆく。成功を祈る」と結んだ。
 私は「死ににいく者に迎えは不要だ」と思ったが、その思いやりの気持ちが温かく胸を打ち嬉しかった。
 最期に今は亡き山口隊長に代わって加藤中尉が指揮官としての訓示を行った。
「ただ今から第3次攻撃に出発する。攻撃目標は敵空母。指揮官機に倣って低空必中爆撃をやれ。出発」
 命令は終わった。凛然とした中にも悲痛なものを感じた。私はあの惨烈な戦場を思い浮かべて、再び生きて相見まえることはないであろう居並ぶ上官や攻撃隊員を見回した。皆も固く口を結び、小さく頷いて応えてくれた。
 私は、「おい、俺の食べ残しのおはぎは残してといてくれよ。帰ったら腹一杯食べるからな」と見送りに来ていた若い搭乗員に告げると、愛機の九九式艦爆に乗り込んだ。


 この場面は南太平洋海戦で敵空母ホーネットに最期のトドメを刺すために決死の出撃をした時のものなんですが、この日(昭和17年10月26日)は早朝から第1次攻撃(敵戦艦爆弾命中)を行っていますから、その流れで読むと背筋がゾクッとするくらい痺れます。結局、著者の小瀬本が4機中4番目で急降下爆撃し、ホーネットに最後の一撃を加えこれを撃沈しました。ホーネットを守る護衛艦群の対空砲火で、まるで火の玉の中に突っ込むような感じだったそうです。掩護の隼鷹戦闘機隊長志賀淑雄(のち紫電改343空飛行長)は、「これほど見事な爆撃は見たことない」と作戦終了後、艦長に報告しています。
 この4機の中には小瀬本と同年兵で操練では先輩にあたる山川新作もいました。
 小瀬本國雄と山川新作は、日本海軍急降下爆撃隊を代表するエース・ヘルダイバーですが、大戦中におけるふたりの所属は驚くほど重なっています。「空母艦爆隊」(カテゴリー海軍戦史・戦記参照)で読んだ場面が本書には違う視点から語られていることもあって、読み比べてみると非常に面白いかと思います。
 小瀬本と山川のキャリアで大きく異なるのは、小瀬本のほうが艦隊生活が長いところです。
 昭和19年2月には2回目の隼鷹勤務で、そのままマリアナ沖海戦に参加していますし、10月には最後の正規空母「瑞鶴」に乗り組んでレイテ沖海戦にも出撃しました。このときは瑞鶴の沈没に遭遇し、最後の救助者として駆逐艦に助けられています。また、昭和18年4月には「い号作戦」でラバウル基地からの攻撃作戦も経験していますから、小瀬本の最前線における経歴は相当なものです。経験はともすると山川以上かもしれませんね。
 昭和20年になってから搭乗員仲間と一緒に横浜駅にいる時に、海軍少将になっていたかつての隼鷹艦長(岡田為次)から「小瀬本兵曹じゃないか!」と声をかけられたのも、本人は冗談っぽく書いていますが、実績がモノを言ったのだと思いますね。まさに、開戦劈頭の真珠湾以来の海軍の至宝とも云えるでしょう。

 他にも貴重な証言や事歴が本書には載っていますので、かいつまんで紹介しましょう。
 著者は隼鷹に乗り込んだ時に、喫煙所が遠かったこともあり、まだ新設の艦であることを幸いに、甲板士官に対して搭乗員室での喫煙を交渉し成功しました。いかに航空隊の顔が大きいとはいえ、喫煙場所以外での喫煙許可は海軍開闢以来のことです。その後昭和19年に著者が2回目の隼鷹勤務をした時もこの慣例は生きていたそうです。
 ミッドウェー作戦の陽動作戦としてダッチハーバーを攻撃後、「蒼龍」の生存者を収容して内地に帰還しましたが、この後ソロモンへの出撃のときに著者は旅館で寝過ごし、危うく“後発航期罪”に問われる事態になりました。後発航期罪とは、出発する艦に間に合わず、陸に置き去りにされた者を罰する罪名で、最悪の場合銃殺もありえる重罪だったそうです。幸いにも隼鷹への内火艇が故障し遅れるというハプニングがあって助かりました・・・
 昭和18年2月・トラック島に寄港時、搭載の九九艦爆が一一型から二二型へ変更されたので、テスト飛行をしましたが、馬力がアップしたいうので250キロ爆弾を搭載したまま宙返りをしました。津田隊長曰く「こんなことをしたのはおまえくらいのもの」と苦笑いされたとか。
 昭和18年11月・宇佐空で教員をしているときに、基地が敵から襲撃されたときのために零戦の操縦訓練を受けました。初めて乗った零戦は、こんなに操縦しやすいものか、と驚くほど高性能だったそうです。
 昭和19年10月・レイテ沖海戦で空母「瑞鶴」が沈む時、艦尾から海中に没していったん艦首が浮き上がりました。その時、艦首の菊の御紋章が太陽の光を浴びて金色に輝き、えも言われぬ感慨を覚えました。
 昭和19年11月24日・K5(攻撃第5飛行隊)の彗星艦爆三三型でレイテ湾攻撃、輸送船2隻を同時攻撃撃沈。
 昭和20年2月、攻撃第5飛行隊の先任搭乗員(攻撃第3飛行隊の先任は山川新作)として、最新鋭の艦爆流星を駆りました。流星は、中翼単葉で逆ガル翼を採用し、最高速度は時速556キロ、兵装は主翼に20ミリ機銃2門、操縦席内に7・7ミリ機銃2挺、偵察席に7・7ミリ旋回機銃1挺を装備し、800キロ爆弾か1トン魚雷を搭載することができました。燃料タンクは幾つかの区画に隔壁され、被弾による火災被害を最小限に止めるよう工夫がされていました。
 昭和20年8月11日頃・胴体が真っ白に塗られ、日の丸が緑十字に塗り変えられた謎の一式陸攻を木更津基地で見たと書いてあります。中攻会の戦記「ヨーイ、テーッ!」(カテゴリー海軍戦史・戦記参照)には、緑十字の一式陸攻の話もありますが、戦後のことです。著者が終戦前に見たというこの緑十字機はおそらく終戦事前交渉機ではないでしょうか。翌朝には忽然と消えていたらしく明確なことはわかりませんが、貴重な証言です。
 昭和20年8月15日・終戦の玉音放送の1時間半前、著者は神風特別攻撃隊第7御楯隊第4流星隊として流星で特攻出撃しましたが、脚が収まらなかったために引き返しました。同時出撃した1機はそのまま行ってしまったそうです。わずか、1時間半の差・・・これも運命なのでしょうか。

 なお、「空母艦爆隊」で山川新作がダッチハーバーで窮地を助けてもらった、隼鷹戦闘機隊のエースパイロット北畑三郎飛曹長ですが、本書によると、昭和18年11月下旬?のニューギニア・ウエワクへの船団対空対潜哨戒時に、自爆したと書かれています。生きていれば、隼鷹戦闘機隊長の志賀淑雄がそうだったように、決戦航空隊として紫電改を駆っていたと思われますが・・・

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