「海の狼 駆逐艦奮迅録」大高勇治

 航海を重ねるごとに、駆逐艦「菊」とその乗組員に対する私の認識は否応なしに改めざるを得なかった。
 なるほど彼らは、私が学校や練習航海で教え込まれた規律、言動などから見ると、まったくなっていなかった。
 上は艦長から下は三等水兵まで、粗暴で放埒。暇があれば酒をくらい、上陸しては娼婦を抱く。
 まったく名誉ある軍人の風上にもおけない連中だったことは間違いない。
 だが、この一見無頼の徒がひとたび港を出て大洋の怒濤に立ち向かうと、まったく人が変わったように俊敏、大胆、海を恐れぬ男となるのである。駆逐艦はわずかなウネリでも、40度を越えるローリングをやるが、彼らは軽業師のように振る舞う。どんな危険をともなう仕事でも、鼻唄まじりである。ボヤイたり、悪態は常に吐くが、命令に違反することはない。
 主力部隊の前衛となり、夜襲部隊の主力となって、敵主力に肉薄攻撃をかけるのも駆逐艦である。わずか2千トンに満たない小艦が、数万トンの大艦と行動をともにして、太平洋のど真ん中で激浪と戦うだけでも並大抵ではない。
 戦艦や空母が、甲板上でデッキビリヤードを楽しんでいるとき、駆逐艦では雨衣に身をかため、首にタオルをまいて、艦上を超える激浪に全員ズブぬれとなる。もちろんメシなど炊けないから、カンパンをかじるだけでお茶も飲めない。
 大艦と異なり、三等水兵のちょっとした手違いでも、艦は危機に瀕することあるだけに、その責任感たるや見事である。
 しかし、彼らの生活の中には、悲壮感も優越感も危機感もない。
 彼らの生活の中でもっとも危機感を抱くとすれば、それは港で当直将校をたぶらかして当直日の脱走上陸を敢行するときであろう。


 少年の日、故郷の港の突端で観た駆逐艦の勇姿が忘れられず、海軍に入り、海軍に教育され、半生を海軍に捧げて今も悔いはない一人の駆逐艦乗りの、絶海の果てで繰り広げた死闘の記録。壮絶ですが、ユーモラスな体験記です。
 著者は海軍通信学校高等科を卒業し、昭和3年に昔から憧れだった駆逐艦「菊」に希望して配属されますが、この850トンの大正初期に竣工された二等駆逐艦は、少年の日の面影はすでになく、とんでもなくガタがきていました。
 乗っていた人間も半端ありません。食事中に屁をひる菊地勇治艦長は、昭和12年盧溝橋事件で、以後8年続く大戦の日本海軍第一弾を放つことになる人物であり、五・一五事件に参画する伊藤亀城少尉も乗っていました。また、同期のボロ達こと加藤達也という、どうしようもない不良乗組員は、かのドーリットル東京空襲のとき、それを発見した哨戒艇の艇長になります。
 しかし著者は、まともなものが何一つないという、このオンボロ駆逐艦で、駆逐艦乗りという気質に目覚めるのです。
 バンカラ、とでもいいますか、戦艦や巡洋艦という大艦乗りとは同じ水兵でも気質がかなり違うのですね。
 帽子もあみだに被ったり、スマートな海軍軍人とは異なります。しかし駆逐艦に3日いたら足は洗えないとも言います。
 将来は戦略高等暗号の解読や発信の当事者ともなる著者は、こうして歴戦の駆逐艦通信士となるのです。
 昭和12年には一等兵曹先任下士官として、伏見宮博義王殿下が司令を務める第6駆逐隊司令部付駆逐艦「雷(いかづち)」に配属。中国大陸沿岸砲撃など、支那事変に参戦。
 そして昭和14年、昭和17年末に航空隊付に異動になるまで乗組むことになる、第2艦隊第2水雷戦隊第7駆逐隊駆逐艦「潮(うしお)」に配属。司令部付の掌通信士でした。駆逐隊司令は、豪将・小西要中佐。
 真珠湾作戦では、機動部隊の退路を擬装するために囮部隊として、奇襲20時間後にミッドウェーを砲撃。
 昭和17年2月末のスラバヤ沖海戦では、被弾しながら旗艦「妙高」の“駆逐隊は突撃せよ”の号令の下、敵艦隊に肉薄、米巡洋艦「ヒューストン」に雷撃、命中します。その夜、浮上航行中の米潜水艦「P6」を砲撃撃沈。乗組員は全員救助。
 昭和17年4月にソロモン群島海域の作戦を遂行する南太平洋作戦部隊に編入されると、珊瑚海海戦に参加。
 大破した空母「翔鶴」を護衛して、半年ぶりに母港・横須賀へ帰投。
 休むまもなくアリューシャン攻略航空戦隊空母「龍驤」「隼鷹」の護衛として北方作戦へ出動。
 そのままミッドウェーの敗戦をうけて現場へ急行、生存者を収容して青森の大湊基地へ搬送しました。
 ここでミッドウェー敗戦の秘密漏洩の恐れありとして、「潮」は上陸させてもらえず、そのまま南方へ追い払われます

 乗組員の憤懣やるかたなし。しかしこの歴戦の駆逐艦は、駆逐艦の墓場と言われたソロモン海域でしぶとく生き残るのです。あるときは爆撃機の急襲を受け、あるときは魚雷艇に執拗に追い回されながら・・・

 笑ってはいけないのですが、どうしても笑わずにはおれない場面もありました。
 北方作戦参加中、濃霧の中、当直の航海士が居眠りして旗艦が変針したことに気づかず、伝声管で緊急事態に気づいた小西司令みずから極寒の極北で下着一丁のまま艦橋へ駆け上がって、舵輪を回したところは何度読んでもウケました。
 そしてもちろん、高度な暗号を扱う通信士らしい、理知的な記述も多く見受けられます。
 レーダーは無論ですが、土木工事と高高度偵察の技術の差で日本は戦争に負けたと書かれています。
 著者の「潮」も攻撃に出撃しましたが、ガダルカナルのルンガの飛行場は日本の設営隊が8ヶ月作業しても形にならなかったものを、米軍は鉄の敷物をしいて1日で航空機の使用を可能にしたのです。
 またミッドウェーの敗戦を隠すために、入湯上陸さえ許さず歴戦の駆逐艦を死んでこいとばかりに南方の危険な前線へ追いやるなど、日本の軍令部のハゲ頭どもの無能と非人間ぶりが、敗戦に拍車をかけました。
 あと興味深いところでは、真珠湾の囮作戦から帰ってきた「潮」が、呉の柱島泊地で不発の爆雷を落としたというエピソードがありました。同じ場所で昭和18年に戦艦陸奥が謎の爆沈事故を起こしていますが、はたして関係はあるのでしょうか。「潮」は爆雷を誤って落としたことを内緒にしていたそうですが・・・

 太平洋戦争で活躍した日本駆逐艦は、300隻をくだらないそうです。
 開戦当時で200隻あり、終戦時には42隻残っていましたが、開戦時からあったもので生き残ったのは著者の「潮」を含めわずか8隻だったそうです。
 駆逐艦の主任務は、敵味方主力艦の決戦に先立って夜間の行動で敵主力を奇襲撃破し、味方主力の決戦を有利にみちびくことで“大物喰い”か、そうでなければ味方主力を狙う敵潜水艦を探知してこれを屠ることにありました。
 しかし、真珠湾やマレー沖で航空隊が大活躍したことにより、これまでの海洋戦術は一変し、戦艦に変わり航空母艦が海戦の主役となったために、駆逐艦の任務も航空戦隊の直衛が加わることになりました。
 さらには、輸送船団の護衛どころか、駆逐艦自ら輸送艦となって、敵に包囲された海上の孤島に輸送を強硬したのです。
 無能のハゲ頭の巣食う軍令部にとって、駆逐艦は一番使いやすい第一種消耗品であったのかもしれません。
 全海軍の死者15万名に対し、駆逐艦乗組員の戦死者は約2万名。その死亡率は艦種のなかで最高となっています。

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障害報告@webry - 2014年07月13日 00:29

ここは酷い上陸なしですね

第七駆逐隊海戦記―生粋の駆逐艦乗りたちの戦い (光人社NF文庫)光人社 大高 勇治 Amazonアソシエイト by 海辺の町で江戸時代には密輸やってたんじゃねって家に生まれた著者は 見学させてもらえた駆逐艦菊に憧れ海軍を志す そして通信兵としていい成績をとり、着任する艦を選べたのに 子供の頃の憧れから菊に着任をするのだが その頃にはボロ船と化していたし 乗員はみんな規律無視でや...

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