「想像ラジオ」いとうせいこう

 「昼夜を問わずあなたの想像力の中でだけオンエアされる想像ラジオ。スポンサーはないし、それどころかラジオ局もスタジオもない。僕はマイクの前にいるわけでもないし、実のところしゃべってもいない。なのになんであなたの耳にこの僕の声が聴こえてるかって言えば、冒頭にお伝えした通り想像力なんですよ。あなたの想像力が電波であり、マイクであり、スタジオであり、電波塔であり、つまり僕の声そのものなんです」

 東日本大震災からちょうど2年経った、2013年3月11日刊行。
 私が今読んだもので8刷。純文学を加味した非エンタメ系小説としては、売れているということですね。
 震災以降初めて本格的にそれを題材にしたということで話題になり、芥川賞候補にもなりましたから。
 ただ、どうなんだろ、うーん。
 本当の震災小説というのは、被災した当事者が書くものだと私は思います。
 しかし震災で生き残った人は、どれだけ辛かろうと、被災して死んでしまった人とはまた全然違います。
 溺れて水に巻かれて胸をかきむしって海水を飲んで亡くなった人の苦しみは、生きている人間には理解できません。
 おそらく、いとうせいこうはその辺をこの作品で融和したかったんだろうなあと思うんですが。
 大げさに云えば、オカルトではない死者と生者の交流ですね。
 病気で亡くなるのとは違って、災害や事故で亡くなる方は突然ですから。戦争だってそうです。
 亡くなられた方は無言であの世に逝ったわけではなく、誰かに伝えたかったことが絶対にあるはずなのです。
 自分の命が今まさに消えようとしている瞬間、その苦しさあるいは一瞬のシャットアウトの裏側で、夫に妻に息子に娘に両親に恋人に友人に、言い残すことがあったのに、そのまま死んでしまった。
 あるいは、恨みつらみもあったかもしれない。
 この物語で作者は、その思いを解放することを試みました。それは同時に生者の心をも解放するものでした。
 それが本当に成功したのかどうか、それは読む人次第でしょう。
 少なくとも死後の霊魂の存在を私は信じていませんが、それなりの解釈で読み終えることができたと思っています。

 物語の構成は「第1章」から「第5章」まで。
 うち奇数章は、想像ラジオのDJであるアークこと芥川冬助の独白から出来ており、偶数章は作家のSさんという方のお話になります。最後の最後でふたりは繋がるのですがね。それまではなんのこっちゃわかりません。
 DJアークは、想像ラジオを杉の木のてっぺんから放送しています。
 小さな音楽事務所の仕事を辞めた彼は、歳上の奥さんを連れて、郷里である海も山も川もある町に帰ってきました。
 そして引っ越した翌日、マンションの5階のベランダに出たところを、大震災の津波にさらわれたのです。
 波に飲み込まれた彼は、そのまま杉の木が山を覆っている方向に流され、10メートル以上はあるような杉の木の上に、仰向けで引っかかりました。彼はそのまま動かなくなり、その姿勢のままで想像ラジオを放送しているのです。
 消息の絶えた奥さんと、アメリカに留学している息子さんのことを気にしながら・・・
 つまり、思い残すことがあるので魂魄が“あの世”へ向かえないわけです。
 想像ラジオには、DJのもとへ幾通もの便りが寄せられます。お便りはアークが仰ぎ見る白い闇に文字となって現れ、同時に書いた人の声も彼の耳に響いてくるのです。もちろんほとんどのそれは“死者”からのものです。
 杉の木のてっぺんに引っかかっている彼を心配して父と兄が見に来ますが、彼らも死んでいるのです。
 逆に、奥さんと息子さんは生きているので、一番連絡を取り合いたいのに、繋がらないのですね。
 偶数章の語り手であるSさんという方は、宮城と福島で震災ボランティアをしていたときに、この樹上の人の話を聞きました。そして、死者からの通信であるというこの放送をキャッチしようとします。
 彼は、死者に蓋をして生きている者は明日へ向かって頑張ろうという姿勢が、逆に嫌なのです。
 死者と生者がセットにならなければ、本当の復興は成し得ない、と。うーん・・・
 Sさんには、事故で亡くなった不倫関係の愛人がいました。第4章はSさんと彼の頭のなかの亡くなった恋人の会話で成り立っているのですが、その中にDJアークの隣にいるハクセキレイという鳥の話があります。
 これをどう捉えるかなんですが、考えようによってはこの物語すべてSさんの頭のなかの出来事か、彼の書いた小説という見方も可能です。DJアークの横で動かなかったハクセキレイはSさんではなかったのか、と思えるからです。
 まあ、考えすぎかな。
 でもDJアークの言っていることを読み返して見ると、本当に死んだ彼自身の言葉とは思えないんですよね。
 嫌いだった爺さんの思い出とか、第1章は死ぬ寸前の彼の人生の走馬灯のようなもので、それ以降は彼の存在はどこかの誰かの頭のなかだけにいたんじゃないか、樹上の人の存在を聞いた人間の想像の産物ではないのか、という気がします。
 もちろん人それぞれ感想は異なるでしょうが、作者の本当の意向はそういうことなんじゃないんですか。
 死者は生者の胸の中で、永遠に生き続けるのです。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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