「穴」小山田浩子

 第150回芥川賞受賞作(2013年度下半期)の「穴」を含む3篇。
 うーん・・・
 「穴」はずいぶんと読み手の解釈に幅の出る小説ですからね。
 正直云いまして、ここ数年の芥川賞受賞作と比較してどうこうではありませんが、これほど読後に色々と考えさせられた本も滅多にないかと思います。私は一度通読した後、もう一回目を通しました。
 その結果、様々に考えられる可能性からひとつのシナリオに行き着きましたが、それが正解であるとは思いませんし、だいいち、そもそも作者自身が明確な答えを持っているとは思えませんね、失礼だけど。
 私は、この小説がスタート時点の創作の方向性が途中でねじ曲がって出来上がった作品だと信じています。
 おそらく違うつもりで作者は書き始めたんですが、故意か偶然か、こうなってしまった。
 そうじゃなきゃあさひの非正規の職場にあれほどのページ数が割かれるはずはなく、タイトルの“穴”とは、夫の実家の隣に引っ越して勝ち気な姑の尻に敷かれ、田舎のゆるいリズムに沈没してしまった(おそらく旦那は転勤先で浮気というプロットもありがち)30前の主婦がハマりこんだドツボ、という文字通りのメタファーだったと思うんですよね、当初は。
 そう思って読むほうが最初の部分はしっくり来るでしょう。
 ところが、この物語は途中から異次元の方向に急転回し、“穴”とはいったい何であるのかわからなくなってくるのです。
 さあ、どういうことなんでしょうねえ、このお話は・・・

「穴」
 まず、簡単にあらすじ。夫の転勤に伴い、松浦あさひは山間部にある夫の実家が管理するすぐ隣の借家へ引っ越した。
 2階建て一戸建ての家賃は通常5万2千円であるところ、タダ! あさひが非正規であるが勤め先を辞めてもじゅうぶん経済的に見合う話だった。夫の実家の家族は、仕事かゴルフか釣りで滅多に見かけない舅と、来年か再来年だかに定年を迎えるがいまだにバリバリ仕事している姑、そしてボケているのか一日中庭に水を撒いている90歳の義祖父の3人のはずだったが・・・引っ越しから2ヶ月。6時前に起き、夫の弁当を作り、朝食を準備し、近所のスーパーに行き洗濯なり掃除なりをして後は何もすることがない。車がなければどこにも行けない。時間が経つのが遅いのに、一日一週間が過ぎるのが異様に早い。そんな怠惰な真夏のある日、あさひは姑の用事でコンビニに行く途中、見たこともない黒い獣を見つける。そして後をつけるうちに土手で胸の深さの穴に落ちるのだ。そしてそれから、一人っ子で長男のはずだった夫の、兄という人物に出会ってしまう。
 家族の誰もがその存在をあさひに明かしたことのない、20年間物置にこもっているというこの男の正体は・・・
 はい、それでは私独自の見立て。手短にいきましょ。
 この物語には、おそらく3つの存在しないものが描かれています。ひとつは、顔が妙に細長く尖っておいて目が黄色い、穴を掘る黒い獣。そして、コンビニや川土手で遊ぶ子供たち。最後に、夫・宗明の兄であるという男(世羅さんの言ったことを参考にすればタカちゃん)。獣はともかく、ラストでこのへんは学校もないから子供は少ないとコンビニの店員が言っている通り、おそらく子供たちはこの世に存在していないと思います。とするなら、タカちゃんもいないと考えるのが普通です。これも物置(掘っ立て小屋)の様子から間違いないと思います。ただ、世羅さんが口走ったように、タカちゃんが何かの事故やあるいは自殺で昔に亡くなったのなら、仏壇には写真がなくてはいけません。しかし仏壇には義祖母や先祖の写真しかないのです。これが何を意味しているのか? タカちゃん、つまり義兄は、昔に行方不明になったままなんじゃないのでしょうか。実際には、子供の時にどっかの穴ぼこに落っこちてそのまま出られなくなり亡くなった。遺体はいまだに見つかっていない。だから葬式をあげなかった。・・・と私は思います。それで、子供たちといっしょにお盆にこの世に帰ってきて、弟の嫁であるあさひと波長が合った。姑の用事で払込に5万円しかなくて2万4千円足りませんでしたが、あとから姑が4千円くれたということは、姑はそこに7万円置いていたということですね?
 誰が2万円とったのか? 場所を思い出してください。お金が置かれていたのは仏間の座卓。その後であさひが誰に会いましたか? 仏壇から出てきた人が2万円をイタズラしてあさひの後を付け、コンビニに行ったんじゃないですか・・・

「いたちなく」「ゆきの宿」
 40過ぎの不妊の夫婦と、その友達である斉木君夫妻を巡る連作小説。
 はっきり言いまして、「ゆきの宿」は要りませんでした。
 「いたちなく」単作のほうが、余韻も残って良かったように思うんですね。
 「ゆきの宿」は書き下ろしですから、本作刊行にあたって急遽創られたものなんでしょうけど、逸品であると私は思う「いたちなく」まで殺してしまいましたねえ。もったいない。
 新婚である斉木君の奥さんは10歳下。ふたりは市内から一時間の山間部の田舎に引っ越した。
 築50年の瓦葺の家をリフォームして住みだしたのだが、イタチが家に住み着いて困る。
 駆除しても次から次へと出てきて、まさにイタチごっこ。
 夏の終わり、シシ鍋を食いにこい、ということで語り手夫婦は斉木君夫婦の田舎の新居を訪れる。
 そしてそこで妻が、子供の時にイタチを退治した話を斉木君夫妻に語る。
 結果、イタチは出なくなった。チャンチャン♪
 「いたちなく」だけ読んだときに思ったのは、この鍋はシシではなくイタチの肉だったんじゃないかということ。
 でも、さすがにイノシシとイタチの肉を間違うはずがありませんよね。
 イタチの肉は食ったことありませんが、イノシシはしょっちゅう、私は食っています。美味しいです。
 少し解凍した肉を薄く切ってというのも間違っていませんし、脂の入り方もそんなもんです。
 ちなみにイタチというか私の土地ではトマコという小動物が家に入り込んだことがあるので、気色悪さはよくわかりますね。あいつは3日くらいいたと思うな。でも勝手に出ていきましたがね。
 斉木夫妻は、語り手の奥さんが言う通りしたのでしょうか。それでイタチが来なくなった、と。
 この話は結局、母イタチふくめ、女というかメスの強さを表現しようと試みられたということなんだと思います。


 
 
 
 
関連記事
スポンサーサイト

この記事へのコメント

- 成治 - 2016年05月24日 16:12:57

初めまして。今まで読んだレビューの中でこれが一番的確だと思いました。恥ずかしい話ですが亡くなった金額については義母がただ単に忘れただけだと思っていましたが(笑;祖母がどれほど無頓着かというか表しているエピソードだと思っていました)お盆というキーワードも忘れていてレビューを読んで感心しました。
現在ブログ設立中ですがこの本を紹介する際、焼酎太郎様のこの記事を紹介してもいいですか?

Re - 焼酎太郎 - 2016年05月24日 22:56:24

成治様

コメントいただきありがとうございます。
いやあ、的確かどうかはともかく、
煮るなり焼くなりどうぞご自由になさってください。

書評系ブログでしたらご推薦の本を教えていただきたく存じます。
日本文学レビューチャンネルですか、ほう(*^_^*)

トラックバック

URL :

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
カテゴリ
ミステリー (92)
ミステリー短編集 (17)
歴史ロマン・ミステリー (17)
冒険ロマン・ミステリー (14)
サイコホラー・ミステリー (15)
学園ホラー・ミステリー (14)
民俗ホラー・ミステリー (10)
政経・金融ミステリー (18)
ファンタジックミステリー (22)
近代・昭和ミステリー (14)
オカルティックミステリー (7)
青春・恋愛ミステリー (21)
医療小説・ミステリー (22)
伝奇小説・ミステリー (14)
時代人情小説・ミステリー (18)
時代冒険小説・ミステリー (19)
社会小説・ミステリー (15)
スポーツ小説・ミステリー (10)
アーティスティックミステリー (12)
海外ミステリー (28)
海外冒険小説・スリラー (17)
SF・FT・ホラー (26)
SF・FT・ホラー短編集 (13)
海外SF・FT・ホラー (17)
クライシス・パニックサスペンス (12)
警察・諜報サスペンス (29)
悪漢・犯罪サスペンス (30)
中間小説 (24)
青春・恋愛小説 (32)
家族小説・ヒューマンドラマ (31)
背徳小説・情痴文学 (14)
戦記小説・戦争文学 (19)
政経・金融小説 (14)
歴史・伝記小説 (22)
芥川賞受賞作 (19)
直木賞受賞作 (19)
文学文芸・私小説 (24)
海外小説・文学 (12)
文学アンソロジー (54)
歴史・伝記 (30)
戦史・戦記 (31)
海軍戦史・戦記 (150)
物理・宇宙 (26)
生命・生物 (37)
アンダーグラウンド (46)
事件・事故 (38)
世界情勢・国際関係 (25)
スポーツ・武術 (24)
探検・旅行記 (22)
随筆・エッセイ (30)
月別アーカイブ
プロフィール

焼酎太郎

Author:焼酎太郎
FC2ブログへようこそ!

検索フォーム
最新トラックバック
リンク
QRコード
QR
RSSリンクの表示