「源田の剣」ヘンリー境田・高木晃治

 紫電改戦記の完全決定版。読めばほぼ納得、これ以上はありません。
 とにかく細かい。もう、343空隊員の半数以上の名前を覚えられそうな勢い。
 さらに、著者が1979年以来調査していたという、アメリカ軍の公式の戦闘報告が精査されているので、信憑性も高いと思われます。日本では、343空の戦闘詳報の多くが残っていません。生き証人となる搭乗員も、約5ヶ月に及ぶ優勢な米軍機との死闘によって4人の飛行隊長を含む88人もの戦死戦傷死者を数え、証言者が少ないこともあります。
 著者は、日本に残る343空の関係資料、証言をアメリカ側の資料、証言と突き合わせて検証することによって、その日のその戦闘でいったいなにが起こったのかを明らかにしています。
 一瞬の判断が生死を分かつ高速空中戦において、戦果誤認は当然つきもののことです。
 日本軍だけでなく、米軍航空隊でも戦果は誇大に拡張されています。撃墜したはずが実は落ちていません。
 しかし、当日の戦闘の未帰還機を調べれば、実際の両軍の撃墜戦果を確実に知ることができます。
 たとえば、昭和20年3月19日の343空初となる邀撃戦の詳細や、推測が混じるとはいえ最後の撃墜王・菅野直大尉の最期の様子、昭和54年7月に愛媛県宇和島沖で海底より引き揚げれた紫電改の搭乗員の正体など、非常に説得力が高いと言わざるを得ません。紫電改戦闘機隊について、これほど丹念に調べ上げられた業績はかつてなく、これからもあるとは思われません。
 第343海軍航空隊(剣部隊)。太平洋戦争末期、海軍航空の主流たる軍令部航空主任参謀だった源田実大佐(海兵52、当時40歳)が、自ら司令となって作った精鋭航空隊。最新鋭の重戦闘機「紫電改」をもって、闘魂と指揮力抜群の飛行隊指揮官を配し、ベテラン搭乗員を集め、日本本土に迫る敵の怒涛の止める堰となって局部的にでも制空権を奪回することを目的としていました。源田の剣(つるぎ)、その戦いの真相や如何に。

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最後の撃墜王(公認スコア24)・菅野直大尉専用紫電改 撃墜マークは敵機のシルエットを貫く矢

 分厚い本ですが、引きずり込まれるようにして、あっという間に読みました。
 まあ、ちょっとショックでしたが、こんなもんでしょうねえ。
 最期のほうで本田稔が言ってたように、紫電改が優位だったのは6月2日の戦闘くらいしかありません。
 圧倒的勝利をおさめたという初陣の3月19日、松山上空邀撃戦だって、他の戦記では40機台後半の敵機を落としたことになっていましたが、実際は米軍機の喪失は14機だけであって、逆にこちらが15機と、実は負けているのですよ。まあ、向こうは350機くらいいましたから、それでも大善戦なんですが、なんか拍子抜けですね。
 これは搭乗員だって同じで、勝利感を抱いて帰還しながら結果は実は敗北していたという。
 アメリカのパイロットが「F6Fヘルキャットのほうが火力、速力、防弾鋼板、いずれにおいても勝っており、ジョージに負けるのは旋回性能だけで、こちらは被弾しても母艦まで帰還できるが、日本機は脆い」と証言している箇所がありましたが、紫電改のパイロットが敵を蜂の巣にして落としたつもりで帰ってきても、実は米軍機はしぶとく生き残っていたのです。それは大型の爆撃機でも一緒で、本書には紫電改と米飛行艇の戦闘が、紫電改のロケット弾攻撃という珍しい写真も添えられて詳細に書かれていましたが、ホントになかなか米軍機は落ちません。硬いね。武装も凄いし。
 F6Fならまだしも、ムスタングやサンダーボルトになると、彼我兵力は衆寡すでに隔絶していました。
 パイロットや紫電改の能力というよりも、粗悪な燃料や潤滑油、発動機の材料などの資源力、そしてブレーキ故障や強度不足などの工作力不足、情報力不足が逆に歴戦のパイロットや紫電改本来の能力を削いでしまったと私は思います。
 読んでると、壊れてばっかりじゃん。菅野直だって引き揚げられた紫電改だって機銃が故障していたそうですし。
 もちろん、量においても圧倒的な工業力の敗戦であり、本書を読んでいると、内容とは外れて「ああ、日本はどうあがいても戦争には勝てなかったのだな」と不思議に納得してしまうほどです。
 結局、343空の5ヶ月の死闘の本当の戦果は、撃墜38機(おそらく公称は百数十機)。
 逆に、90機が撃墜されました。こちらも米軍の公称はおそらく3倍にも4倍にもなるかと思いますが・・・

 では、少し気になったことをメモして終わりましょう。とてつもなく良本でした。
・松場秋夫少尉(操練26、撃墜スコア18)のような、いぶし銀の古豪の活躍が描かれているのが、うれしい
・杉滝巧上飛曹は、零戦でマーシャル群島、雷電で東京湾、紫電改で2回、計4回海に落ち、うち3回意識不明となりながら命を拾った苛烈にも稀有な体験をもつ戦闘機パイロット
・昭和20年3月19日の敵艦載機呉急襲に急遽迎撃した、陸軍の隻眼輸送機パイロット下川幸雄曹長かっこ良すぎ
・日本本土の対空砲火はけっこう当たってる
・落下傘で不時着して捕虜になった米軍パイロットの、その後の行方不明度が不気味すぎる
・紫電改隊の紫のマフラーは、戦闘301特有のもの。柴田正司飛曹長の下宿先のおばさんが正絹を紫に染めた。各搭乗員のネームを刺繍したのが、済美女子高(現済美高)の女生徒だったらしい
・中島正副長は、フィリピンで特攻を指揮していたために隊員に嫌われて2ヶ月で追い出された
・ターキー・シュート(七面鳥撃ち)など、米軍パイロットは5機撃墜確認されればエースパイロットの称号が与えられるために、RPGゲームのレベル上げのように血眼に日本機を探したフシがある
・菅野直の最期は、20ミリ機銃の不良弾包による空中分解の可能性が高い
・愛媛で引き揚げられた紫電改の操縦員は、空のムサシこと武藤金義か?



 
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