「彗星爆撃隊」大野景範

 太平洋戦争末期の昭和19年2月に、新鋭急降下爆撃機「彗星」を駆って内地を飛び立ち、苦戦の末撃墜されて漂流、終戦後もイギリス軍の捕虜となって戦後賠償という名の強制労働に従事させられて、昭和22年8月にようやく帰国が叶った、予科練少年飛行兵の悪戦苦闘の青春戦記。
 著者は、本書の主人公たる富樫春義氏の予科練の後輩。
 乗機が撃墜されジャングルを放浪したり、終戦後の捕虜生活が記された戦記は数多く読みましたが、これほど痛々しいというか、苦痛に満ちた捕虜記はありません。日本が敗れたことにより、手のひらを返した華僑や現地人による虐待や、夢にまでみた内地帰国を目前にしながら、つまらぬ事故で死んでいく日本兵捕虜、そしてイギリス兵の糞尿の溢れかえる排水溝で見つけたナマズを食わずにはいられない飢餓地獄。
 ニューギニアで撃墜されてビアク島を放浪したときの体験談も、現地人の裸族に親切にしてもらった戦記はけっこうたくさん他にあるのですが、本書のコンタクトは不気味でしたね。やはり、ほんとうに首狩り族だったのでしょうか。
 アメーバ赤痢に罹って、戦闘しながら1日何十回も排便しなければならない悲惨さ。排便のために出した尻を、何百匹という蚊が襲い、マラリアも発症してしまう恐怖の悪循環。
 「どうせ死ぬなら、飛行機で・・・」という航空兵の気持ちがホントによくわかります。陸戦隊は悲惨です。

 第15期乙種予科練(昭和15年12月入隊)の富樫春義二飛曹(18歳)が、3年間の教育期間を終え、第503航空隊の36機の爆撃機「彗星」の一操縦員として、木更津飛行場を飛び立ったのは、昭和19年2月22日のことでした。
 ちなみに、これより復員するまで富樫に内地帰還の機会はありませんでした。
 503空は、硫黄島、サイパン、そして2月17日に大空襲をうけた後のトラック島に進出。
 この間、富樫は本土に迫る敵機動部隊索敵攻撃の配置に就きながら、グラマンと空戦をしたり、「飛爆用空三号」空中爆弾でB-24を迎撃したりと奮戦しましたが、503空の「彗星」は機数19機にまで減少しました。
 5月末にヤップ島を基地とすると、ニューギニアのソロン基地へと前進命令が下り、タイヤのパンクした富樫機はただ1機遅れて出発しますが、悪天候を突いたために、他の全機はヤップ島に引き返しており、単独での到着となりました。
 このときの後席偵察員が、この後運命を共にする足立原健二(竹内健二)二飛層でした。
 操縦員と偵察員は、たがいに命を預かり、命を託して行動を共にする一心同体の間柄です。
 ただ1機到着した富樫機は、ソロン基地司令から、ビアク島に迫る敵艦隊への単独攻撃を命じられます。
 このときの出撃は空振りに終わりましたが、6月3日、到着した503空の彗星全機による突撃が敢行されました。
 富樫機は、左増槽が離れないまま急降下爆撃に移ったため、照準がわずかにずれて、敵巡洋艦への至近弾となりました。そして敵艦隊の間を縫って避退している最中に被弾、ビアク島の沖合に不時着水してしまいます。
 そのまま富樫、足立原両名は避難用筏で漂流。途中、竜巻や海坊主(潜水艦?)、サメに苦しめられながらも、ビアク島にたどり着きました。そして原住民に脅されたり、食べ物を恵んでもらったり、知らずに頭蓋骨だらけの洞窟で寝たりするうち、ビアク島を死守する陸軍部隊と合流、彼らにとっても非常に貴重である銀シャリをごちそうになります。
 しかしここで富樫は、“スカッパー(海軍烹炊所のバケツ)”と仇名された大食らいが祟ったのか、アメーバ赤痢に罹患。
 2週間余りでビアク島を脱出し、やっとこさマノクワリ基地へと移りますが、赤痢には終戦まで苦しめられることになります。さらに、マノクワリ基地からの救出便(飛行艇や水偵)に、富樫と足立原はことごとく乗る機会を逸しました。
 このことが運命を左右したというか、このときは不運極まりないと思っていたことが、逆に作用することになります。
 結果的に、503空は最後の残存3機をベテランの特攻出撃によって消尽し、全滅していました。
 彼らがもしニューギニアを脱出していたならば、確実に特攻出撃によって戦死していたことでしょう。
 富樫と足立原は、彗星爆撃隊503空のたったふたりの生存者となったのです。

 この後、ジョグジャカルタの練習航空隊31空で教員配置になったふたりは、富樫がひとりでペナンの381空に転勤したことにより、遂に離れ離れとなりました。ふたりが再会するのは、終戦後です。
 富樫はペナンでこのまま終戦を迎えました。できることなら最後の飛行は彗星でしたかったのが本音でしたが、九九艦爆で思う存分スタント飛行することにより、敗戦の憂さを晴らしました。
 終戦の詔勅は、司令だった佐藤少佐が8月17日、総員を集合して代読したそうです。
 8月末にはイギリス軍が進駐し、先任下士官だった富樫は神経を使う食糧管理を担当、国際乞食コンクールがあれば優勝は間違いないという、非常にみすぼらしい身なりとなりながらも、ともすれば自棄になろうとする部下の掌握に務めました。屈辱的で飢餓に苦しめられた捕虜生活は、約2年間という長さにわたりました。

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