「盲目的な恋と友情」辻村深月

 なるほど、こうきたか。
 読み始めと、読んでいる途中と、ラストで、これほどまでに感じ方の変わる小説があるでしょうか。
 ラスト、そうくるか。うーん・・・ちょっとびっくりしたなあ。嵐みたいな小説だなあ。
 ジャンルは、恋愛ミステリーということでいいんでしょうかねえ。

 辻村深月を読んだのは、久しぶりです。直木賞以来?でしょうか。
 綾辻行人に憧れて作家になったミステリー少女は、メフィストを獲り、直木賞を獲り、いまや師を超えた感すらあります。
 ずっと山梨で公務員的な仕事をしていた辻村さんですが、結婚して東京に出、専業作家になりました。
 まあそれも関係あるでしょうが、歳とともに書くものも変わってくるのでしょうね。
 人間の奥底を覗きこむということでは、覗く方向こそ違え綿矢りさと同等の高度な能力を持っていた辻村さん。
 しかし、恋愛となると他の女性作家のような、たとえば村山由佳とか角田光代、唯川恵、川上弘美が恋愛を題材に書くようなリズムは、辻村深月にはありませんでした。
 それは誇り高いメフィスト出身のミステリー作家だということの他にも、自身の恋愛経験のせいもあるのでしょう。
 ところが本作はどうでしょう。ラストまで私は本格的な恋愛小説だと思って読んでましたよ。
 辻村深月も一皮むけたなあ、今までとは違うなあと思いながら読んでいました。
 ネタバレになるので書けませんが、驚かされたラストで、やっぱり辻村深月だなあというところと、完璧に今までの辻村深月とは違うところがありました。

 簡単にあらすじ。
 一瀬蘭花の視点による「恋」と、傘沼留利絵の視点による「友情」の2篇に分かれますが、扱っているのはどちらも同じ出来事です。一瞬、蘭花の話を主観として、留利絵の方はそれを客観的に補足しているのかと思いながら読んでいましたが、それは違いました。この物語の主人公は実は留利絵だったのかと、読後は誰しも思うはずです。
 とりあえずの舞台は、東京のはずれにある音大ではない私立大学のアマチュア・オーケストラ。
 アマとはいえ、年2回は大きなホールで演奏会をする実力があります。
 旋律を弾く第1バイオリンの一瀬蘭花は、元タカラジェンヌの母を持ち群を抜く美人で優秀な女性ですが、高校まで恋愛経験がありません。飛び抜けた美人にありがちな恋愛機会の少なさと、本人の情緒の薄さが原因でした。
 しかし、2年生になって蘭花は、演奏会の前になると雇われるセミプロの指揮者と恋に落ちたのでした。
 彼の名前は、茂美星近。海外でも有名な指揮者に師事する、前途有望な青年指揮者でした。
 数えきれないほど会って、食事して、抱き合ったふたり。しかし幸せの絶頂は長くは続きませんでした。
 蘭花を悩ませたのは、茂美に、以前から彼の師事している指揮者の妻が取り憑いていたこと。
 後にこの不倫は発覚し、茂美はそれまで自分がいた世界に無視され、弾き飛ばされてしまいます。
 そして仕事が激減した彼は目に見えて荒み、一流企業に就職した蘭花に意地汚く寄生するようになってしまうのです。
 その状態から蘭花を見守り続けたのは、オケの演奏を取りまとめるコンサートマスターであり、彼女と4年間ルームシェアしてきた傘沼留利絵でした。いや、見守ったという言い方は間違っているかもしれません。
 留利絵は、子供のときから容姿でバカにされ、恋愛に対してものすごく奥手でした。
 彼女が蘭花に対して抱いていた感情は、友情だったのでしょうか。あるいはそれは恋ではなかったでしょうか。
 いや、“恋”以上のもの。
 足かけ5年間付き合った蘭花と茂美の恋は、悲劇的な最期を迎え、そしてその1年後、ようやく理想の彼氏と巡りあった蘭花の結婚式で、その恐るべき事件が明らかになるのでした。

 完璧な人間なんて絶対いませんから。
 恋愛ふくむ感情というのは、そもそもこの完璧でない人間が発信受信するものですからね、完璧な恋愛なんてあるはずがないんです。それをわからないから、おかしくなる。
 どれだけ美しい女性だとしても、人前で鼻毛が風にそよいでいたことは絶対にないとは言い切れますか。
 どれだけ格好のいい男性だとしても、無意識のうちに人混みのなかで苦しげな屁が漏れたことは絶対にあるのです。
 結局、恋愛に苦しむ人というのは、相手に求めすぎなのですよ。
 相手に求めすぎるということは、自分もそれだけのエネルギーを行使していますから、いざ相手がいなくなるとそれだけの穴が開いたようになってしまいます。これ実は錯覚でして、穴なんて空いていません。相手を失ったのではなくて、それまでに自分が費やしたものを惜しんでいるだけなのです。だから時間さえ経てば誰でも立ち直れるものなんです。
 ここでもそんな話が出てましたが、快楽というか人間には性交の問題がありますから、より錯覚しやすいのです。
 しかし、これはあくまでもノーマルの話であってね。
 留利絵の感情というか、その心の奥底というのは、結局、彼女も自分のことだけ考えているのは一緒なんですが、友情と恋という感情の垣根が怪しくなってくるとこれほどまでに不気味になるのかということ、これは本作を読んでみるまで思いつきもしませんでした。
 まあ、最後は不気味でしたけど、面白いお話でしたね。辻村深月の新境地と云っていいかと思います。


 
 
 
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この記事へのコメント

- 藍色 - 2016年11月29日 12:07:44

読んでいて目をそらしたくなるような場面が出てくるたびに痛かったです。
タイトルと本編の一致が見事でした。
トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。

トラックバック

粋な提案 - 2016年11月29日 12:00

「盲目的な恋と友情」辻村深月

これが、私の、復讐。私を見下したすべての男と、そして女への――。一人の美しい大学生の女と、その恋人の指揮者の男。そして彼女の親友の女。彼らは親密になるほどに、肥大した自意識に縛られ、嫉妬に狂わされていく。そう、女の美醜は女が決めるから――。恋に堕ちる愚かさと、恋から拒絶される屈辱感を、息苦しいまでに突きつける。醜さゆえ、美しさゆえの劣等感をあぶり出した、鬼気迫る書下し長編。 前半の「恋...

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