「忍者月輪」津本陽

 面白い。
 主人公は、神通力など人外の技を使う忍者でありながら、忍法帖のような伝奇性も低く、時代ファンタジーでもなく、アクション小説でもありません。むしろ、忍者の生き方(人生哲学)を中心に据えた文芸作品とも云えるんじゃないでしょうか。
 外国人がよくニンジャを好きで、勘違いのような喩え方をされているのを見かけますが、よく考えれば私たちだって忍者のことを正確にわかっているかといえば、必ずしもそうじゃありません。
 ニンジャのコスプレに身をやつした白人のオッサンと、そう認識は変わらないのですね。
 黒装束に身をつつんで暗夜の街路をひた走り、音もなく門番を殺して城に潜入し、天井に潜んで殿様の謀議を盗み聞きし、敵方の手練の忍者に見つかって、屋根の上で手裏剣を投げながら死闘を繰り広げるという・・・
 しかし、実際の話、忍者と云われる異能の職能集団が戦国時代に何をしていたのかよくわかっていません。
 偵察や情報を専門にしていたのは確かでしょうが、破壊工作や暗殺となると想像の域を出ませんわなあ。
 もちろん、当時は今のように高度情報化社会ではなかっただけに、逆に情報をいち早く得たり、戦場の偵察能力に優れていることが、ライバルの戦国大名を出し抜いて出世することの絶対的必要条件だったことは間違いありません。
 情報に疎い大名や武将は、瞬く間に没落する、非常に浮き沈みの激しい時代でしたから。
 だから、忍者という、おそらくスパイは、戦国時代に欠かすことのできない役目というか職業だったでしょうね。
 優秀な能力を持つ忍者は、戦国武将にとってかけがえのない戦力だったことでしょう。
 よく忍者が、お庭番というか、軒下で膝をついて殿様の部屋の障子越しに命令を受けているのを見かけますが、本作ではそんなことありません。屋敷に入って殿様と向い合って畳の上で話しています。忍者は基本的に金で雇われる異能の傭兵集団ですから、立場は殿様が上でも、軒下に影のように這いつくばるというのはおかしいでしょう。
 言葉もいいですよ。この小説は。尾張の田舎から京都に出てきた織田軍の武将が、きちんとした言葉で喋れるはずがありませんよね。信長だって本来はめちゃくちゃ尾張弁だったはずです。本作はちゃんと方言で書かれています。読んで理解できるギリギリの、ね。忍者だってへりくだった尊敬語ではありません。気安げな関西弁です。
 もちろん、読ませどころとしては戦闘シーンも豊富ですし、さっきに書いたようにそれが主題ではありませんが、読んでいて飽きません。ぜひとも、続編が書かれることを切望します。

 じゃあ、少しだけあらすじ。
 伊賀上野出身の萱生(かよ)伝兵衛は、25歳の手練れの忍者である。
 祖父の宗伝、父の内膳も高名な伊賀忍者であるが、伝兵衛は彼らになかった神通力を持っていた。
 吉野の清渓禅師のもとで、人の持つ4つの欲望である食欲、色欲、財欲、名誉欲を断ち切る修行を積み、宇宙の本源から発するすべての神力によって動物、植物、鉱物が生まれてきたという理屈を悟り、宇宙と同化し、わが身を月に入れて溶け込んで脳中を浄化する月輪(がちりん)観の修法などによって、伝兵衛は、優れた武術のほか天眼通(千里眼のようなもの)、天耳通(遠く離れた場所の音を聴くことができる)、他心通(読心術、催眠術)を身につけていた。
 時は、動乱の戦国時代。一寸先は闇である。
 足利義昭を伴って上洛した織田信長政権の京都所司代・村井貞勝に、伝兵衛は雇われていた。
 雇われているといっても、忍者として高い能力を持った伝兵衛と、その能力に頼っている村井貞勝の立場は限りなく対等に近く、伝兵衛は気ままに家族のいる伊賀上野に帰ることもできる。しかし、実家は父・内膳と母るいの仲も悪く、くつろげるような場所はなかった。また、村井貞勝のもとでは仕事はいくらでもあり、同時に伝兵衛は、永禄11年(1568)16歳のとき、身を寄せていた大和柳本郷の柳本龍王城を信長に帰伏した松永弾正久秀に攻め落とされ、その場で凄惨な虐殺劇を目にしており、久秀に対する深い恨みをもっていた。
 伝兵衛は、家来であり伊賀者のうちでも5本の指に入る練達者・三昧田助七と半弓の達人である東右衛門を従え、信長の部将でありながら織田家と敵対する本願寺、毛利、上杉などの勢力と連絡を取り合っている松永久秀の動かぬ証拠を押さえ、久秀を謀反せしめることに成功する。
 そして、村井貞勝の信任厚いままに、元亀元年(1570)以来10年のあいだ信長の猛攻をしのいできた本願寺に潜入工作したり、高天神城で武田家の滅亡に拍車をかけたり、中国戦線では蜂須賀小六や羽柴秀吉の知己を得たりしながら、伝兵衛をつけ狙う紀州雑賀衆の忍者や、伝兵衛以上の神通力をつかう毛利家の修験者・塙左京進との死闘を繰り広げる。
 武田の三ツ者(忍者)であり神通力を操る、蕨手という得難き熟練の忍術家も仲間に引き入れた。
 昨日の勝者が今日の敗者となる乱世で、伝兵衛は萱生家の期待通り、巧みに名を上げて世を渡っていた。
 しかし、伝兵衛は、わが素顔さえ人目にさらすのをはばかりながら危険な任務に従事し、そのくせ働いた痕跡のかけらも残らない、ただ時間を過ごしているだけのような忍者の生涯のはかなさに、しだいに切なさを覚えてくる。
 どれだけ神通解脱の術をみがいても、自分より上手な忍術者があらわれたときは命をとられもしよう。
 忍者としての自分の生きがいはどこにあるのか? これから何をすればいいのか? ただ金を稼げばよいのか?
 さらに、27歳のときに迎えた妻、千代との間に2子を儲けたものの、夫婦の間は不仲になっていく。
 そして迎えた本能寺の変。唯一畏怖していた信長の死を機に、伝兵衛は・・・

 ふと思ったんですが、こうして昔から忍者という優れた偵察文化を持ちながら、日本はどうして太平洋戦争で、あのような情報無視ともいえる無謀な負け戦をしてしまったのでしょうか。
 おそらく、平和な江戸時代を経て、忍者からサムライへと日本人は考え方が変化していったんじゃないでしょうか。
 忍者というのは、いわゆる、ただひたすら実益のみを追求した勝利至上主義なんですね。現実です。
 対してサムライというのは、勝利よりも、勝ち方への道程を重んじた形式主義なんですね。カッコつけの美学です。
 そして近代の戦争で日本は、サムライであろうとするばかりで、忍者という文化をすっかり失伝していました。
 負けるわけです。サムライもたまにはいいけど、映画のなかだけで、お腹いっぱいです。日本人は忍者たるべきです。


 
 
 
 
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