「雷撃のつばさ」世古孜

 敵の戦闘機パイロットは風防をあけてこちらを見た。
 見ると、私(20歳)よりすこし年上の22,3歳の好青年である。
 彼は締めている黄色のマフラーをわざと機外に出した。距離は30メートルである。
 雲の中の戦闘であるが、相手の表情まで読みとれた。相当なお洒落だ。
 黄色の絹のマフラーのはしをわざわざ座席の外に出し、それを風になびかせて、私に見せたのである。
 私は腹が立った。私のマフラーは白布地の絹を緑色に染めたものである。
 彼より私のほうが美的センスが高く、そのマフラーには金糸、銀糸で庭に遊ぶ雀が刺繍してあった。
 私はこのはしを機外に出すと、拳銃で、ならんで飛ぶ彼を撃とうとした。


 著者は艦上攻撃機「天山」の電信員。昭和16年5月に海軍に入隊した乙種予科練16期生。
 非常に、不思議な感じのする戦記。
 まず、昭和19年10月14日の台湾沖航空戦から11月1日にフィリピンで撃墜されて不時着するまでの、わずか2週間のできごとで、ほぼ丸々本一冊が完結していること。ピンポイントで、とても内容が濃いということです。
 さらに、著者がクリスチャンであること。フィリピンで待機していたときに、マニラの教会に入り「私のと違ってここは旧教だな」と書いていたので、プロテスタントなのでしょうが、初めてキリスト教徒の日本人が書いた戦記を読みました。
 天皇を神と崇めることは出来ませんでしたが、愛着心はあったそうです。また、キリスト教の教義から特攻には絶対的に反対しました。至誠隊として特攻に赴く同じクリスチャンの搭乗員を説得する場面もありました。
 そして、読んでいて非常に違和感を感じたのは、同じ攻撃第252飛行隊員である、大澤昇次(旧姓町谷)さんの書いた「最後の雷撃機」(カテゴリー海軍戦史・戦記参照)と、内容が食い違っていること。
 大澤さんの本には、252飛行隊編成表が付されており、本書に名前が登場する、北千島から鹿屋に出撃する前に敵機動部隊の輪形陣を破ることがいかに困難であるか一席ぶった土橋兵曹が土橋貞一郎上飛曹(甲9)であることや、航空神経症(急激な気圧の変化を長時間体験することによって顔面の痙攣や飛行中に神経過敏となり攻撃的になること)の沖田先任搭乗員が沖田清三上飛曹(偵練43)であること、休暇の温泉で混浴中にふざけて女性の前で☆☆をさらけ出したのは田村輝雄上飛曹(甲6)であることなどがわかるのですが、肝心の昭和19年10月14日の台湾沖航空戦の出撃表に、著者である世古さんの名前はありません。
 本書では鹿屋から沖縄の小禄飛行場に移動し、252飛行隊の36機の艦攻が出撃したとなっているのですが、大澤さんの本では、鹿屋から小禄に移る時に整備の不良等があり、航空戦に出撃できたのは17機だけだったとなっています。
 さらに、世古さんはこのときの同乗した搭乗員の名前をいっさい書いていません。
 世古さんの機のパイロットである堀坂兵曹などの名前が出るのは、フィリピン進撃を前に台湾に移ってからです。
 そして大澤さんは、台湾沖で252飛行隊が壊滅し、北千島の残存部隊から新たに2機を呼んだと書いています。
 この2機のなかに、世古さんがいたと読めるんですよ。だとすると、世古さんの台湾沖航空戦参加はなかったということになります。ちなみに、世古さんは252飛行隊が壊滅したため、北千島から田村兵曹や田添飛曹長、糸川特務少尉、平山清飛曹長を呼んだと書いてあります。で、大澤さん(町谷飛曹長)の操縦する長曾我部隊長機の田邊電信員が転勤することになって代わりに田添飛曹長が乗ったとありますが、大澤さんの本では田邊飛曹長が転勤するのは、世古さんが撃墜されたあとの11月半ば(フィリピンのクラーク基地で)になってるんですよね。
 このへんがよくわからないですね。でも、全海軍の航空兵力を結集した一大決戦が、規模が大きすぎたために指揮系統が混乱したことや、小便をチビッてしまったリアルな出撃行の模様といい、本書が嘘を書いているとは思えません。
 そして世古さん自身、戦後手に入れた資料では、田村兵曹が10月14日の台湾沖航空戦で撃墜されたことになっているが、フィリピンのニコラス・フィールドから多号作戦支援のために11月1日一緒に出撃したと明記されています。
 田村兵曹の機は、海面スレスレで敵艦に迫る途中、敵の撃つ対空砲火弾の波柱が飛行機の前に立って邪魔なので、30メートルに高度を上げたところを瞬く間に撃墜されました。
 航空資料には、たくさんの間違いもありますから、一概には信用できませんし、戦後何十年も経過し、記憶の風化や混線が起こるのは当たり前のことです。私はたまたま最近に大澤さんの本を読んだので、「あら、なんかおかしいぞ」と気づいたんですね。戦記とは、こんなもんです。
 一番面白かったのは、昭和19年10月29日のクラーク・フィールドからの出撃でしょうか。
 このとき、著者は後方銃で、敵機と間違って252空(252飛行隊ではない)の零戦を撃ってしまいました。
 零戦に被害はありませんでしたが、これは大変なことをした、後で基地でどやされると思っているうちに、直後、紫電かと思って反航した飛行機がグラマンとわかり、これに追いかけられるのです。このときの模様が、冒頭で紹介したものであり、慌てて落とした魚雷を敵機は飛行機を撃墜したと間違って追いかけてくれたおかげで助かったのです。
 あと、レガスピーで待機していた10月26日の早朝、グラマンが来襲して栗田艦隊支援のために集結していた187機の航空機を焼き尽くしたと書いてあります。このせいで、栗田艦隊の避退戦が苦しいものになったのでしょうか?
 この頃は、空地分離で、航空隊と基地の司令系統が別になっていたのです。だから、直掩など警戒態勢がすぐに取れなかったのですね。バカですね、相変わらず海軍軍令部は。航空隊が集結した台湾沖航空戦では、三角的な通信方法と著者が書いているように、大編隊を組んでいる横の隊同士の連絡方法がなく、基地にいる自分の隊としか無線通信で連絡が取れないため(252飛行隊の場合は7552キロサイクルの無線周波数1本だけ)、前にいる隊が敵艦隊を発見しても、その情報を基地に戻してそれから基地の各隊の通信士が自分の隊へ無線を飛ばすという、おそろしくまだるっこしいことをやっていたそうです。そりゃ、勝てないよ。
 なお、本書は洋上航法や、空母着艦動作、夜間飛行など詳述されており、それだけでも一読の価値はあります。


 
 
 
 
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