「ニホンオオカミを追う」世古孜

 環境庁の動物保護の専門技官が、ある日、電話で次のようなことを言ってきた。
 「伊勢神宮の原生林約4千町歩、それに続く大台山系、大峰山系、その付近の山々で、オオカミのように猪を追い、鹿を追って獲物としてきた犬が、天然記念物紀州犬(昭和9年)に指定され、その犬が人に飼われるようになると、猪を見ても後ろへ下がる犬になってしまった。これを、猪に向かうような犬にすることはできませんか」


 本の内容は、昭和62年のものです。
 著者は、10年間で138匹の犬を飼い、一匹で猪と闘えるような猟性の高い犬を創りだす猟犬ブリーダー。
 明治38年1月23日にアメリカ人のマルコム・アンダーソン(東亜動物学探検隊員)が、奈良県吉野郡東吉野村で土地の猟師から買い取った若牡の死骸を最後に、絶滅したと云われているニホンオオカミ。
 しかし、三重県熊野市から和歌山県側、そこから奈良県側に続く紀伊山地には、終戦直後まで地元民に当たり前にオオカミが目撃されており、普通の犬の足跡とは素人でも一目瞭然に違いがわかるオオカミの足跡を、昭和53年まで確認していたという専門家の証言もあります。そして、この山系の麓の村では、ニホンオオカミ混じりの犬が飼われて猪猟に使われているということは、昔から語り継がれていました。
 猟師が良い犬に巡りあうのは、長い猟生活で一生に一度のことであると云われています。
 猟性の高い優秀な犬をつくるため、飼っている牝犬を山に放してニホンオオカミと掛け合わせたのです。
 しかしその系統は、成犬になると誰が見ても和犬ではなく山のケモノという不気味な感じになり、人にはなつかず、とても人が飼えるような犬ではありません。これをさらに二代、三代と仔を取って、和犬の側に寄せていき、はじめてオオカミのように猪を一撃で倒すような攻撃力を持ち、人間が扱えるような猟犬が出来上がるというのです。
 著者は考えました。ニホンオオカミの血がどこかに混じっている犬が複数頭いれば、それを掛け合わせることによってニホンオオカミの復元、“先祖返り”が可能なのではないかと。
 はたしてオオカミの血が確かに混じっている系統は、現存しているのか。
 あるいは、一匹で猪を倒すことにできる紀州犬は、元よりニホンオオカミの血が混じっているのでないか。
 はな、明治37年の和歌山大学のものなど世界でもわずかの標本しか残っていないニホンオオカミとは、いったいどんな動物であったのか。そして、それは学者が言うように本当に絶滅してしまったのか?
 ニホンオオカミの正体を追い、紀州犬の生態まで詳しく語られた、動物ノンフィクション。

 クリスチャンだった雷撃機搭乗員の太平洋戦争の戦いを描いた「雷撃のつばさ」(カテゴリー海軍戦史・戦記参照)という本を読んで、世古孜という著者のその後(フィリピン戦線で墜落重傷)が気になった私は、世古さんが戦後書かれたもう一冊の本を見つけました。世古孜という珍しい名前で同姓同名の確率は低く、三重県に住んでいるということは、間違いなく同一人物です。クリスマス用のもみの木の話もありました。252飛行隊「天山」電信員の世古さんです。
 本書では戦争中のことはいっさい触れられていませんが、どうやら猟犬ブリーダーにハマり、そのために給食工場を経営するようになったようです。確かあのときは20歳くらいだったから、本書で60歳過ぎでしょうか。

 ニホンオオカミが絶滅しているか、あるいは形を変えて生き残っているかはともかく、こうなってしまった理由は、日本の高度経済成長期における環境破壊が原因です。オオカミは照葉樹林帯にしか住めないそうです。
 一匹オオカミという言葉がありますが、牡オオカミはテリトリー性が強いのか、牝がそこが生存に適さない土地と判断して他に移っても、自分のテリトリーを固守して、そこでただ一匹となり死亡する習慣があります。奈良県で明治38年に見つかったという最後の死骸も、そうしたロンリーウルフだったかもしれませんね。
 山でもしオオカミを見つけても、どんな素人でも犬との違いはわかるそうです。
 犬は平地で暮らすようになって、平らな所を歩くのに適するよう前脚と後脚の長さが同じになりましたが、オオカミは急な崖でも猪を追って走れるように、前脚のほうが短く、後脚は筋肉が発達して大きくできています。ジャンプ力も犬とは比べものになりません。背中の筋肉は盛り上がっています。フラットではありません。
 そして、口の中は外見からわかりませんが、犬は人に飼われるようになって雑食性になりましたが、オオカミは肉食性であり裂肉歯が発達しています。牙が鋭いのです。また、これも外見からはわかりませんが、ニホンオオカミの残された頭骨を調べると、鼻骨に特徴があり、長時間ある程度のスピードで走れるようにできているそうです。ご存知の通り、犬は数百メートルも走ると舌を出してへばりますが、オオカミはそんなことはありません。どこまでもついてきます。
 見てわかる最大の特徴は、耳先が尖っておらず、耳と耳の間が狭いということ、目は丸くて光る、尻尾はフサフサで狐のようだということ。なんだそれだけかと思われるでしょうが、本書にも少し写真が載っていますが、誰でもわかります。
 写真でそうなんですから、山で目の前で見たら、明らかに犬ではなく山のケモノとわかって怖気をふるうでしょう。
 毛色は不明です。夏毛と冬毛があるという説があり、灰色かキツネ色か一色に絞るのは危険です。

 10年くらい前に亡くなった近所のオッサンが、ある時、たぶん町会の飲み会か何かで、オオカミは生きていると力説していました。山犬というのはオオカミなんだ、と。若い時分に、山のほうで生活していた人でした。本書を読む前にそのことを思い出しましたが、あの時もっと話を聞いていればよかったです。

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