「後妻業」黒川博行

 後妻業。
 それは、資産家の老人を狙って後妻に入り、その老人が死んだら遺産を相続するという詐欺の一種です。
 どこで金持ちの老人を見つけるのかというと、結婚相談所。
 妻に先立たれた侘しい思いから結婚相談所に登録し、子供や孫に資産を残してやろうという考えは薄く、老い先短い現世に固執し、性欲と孤独が癒やされさえすればあとはどうでもいいという、寂しい男ほど騙しやすいものはありません。
 なかには、騙されているのがわかっていながら金を貢ぎ続けるバカもいます。
 住民票を移して、狙った相手と同居しているという形を作り、ベッドや洋服ダンスなどを相手の家に持ち込みます。そうしておいて、近所や地域の老人会などに顔を出して、狙った相手の妻であることをアピールします。
 これ、すべて状況証拠作りのためです。
 入籍できるときは入籍し、入籍できないときは財産を相続させる旨の公正証書遺言を作成して押印させます。
 公証役場で作成される公正証書の権限はとても強く、子供などの法定相続人は本来相続できる額の2分の1を遺留分として請求できるだけです。これも裁判になればどうなるかわかりません。
 つまり、狙った相手が死んだ場合、事情を知らない遺族は、突然現れた戸籍上の妻や公正証書を見て腰を抜かすというわけです。知らないうちに遺族への年金給付権どころか、家そのものが他人に渡っている可能性もあります。

 本作の場合は、結婚相談所の所長が、これはと目につけた爺を、小夜子という爺をたらし込むテクニックが天才的な女にあてがうのです。儲けは折半です。小夜子は、69歳であり、色は黒くてちんちくりんで派手な化粧のオバハンですが、なぜか爺は小夜子にころっと騙されてしまいます。形だけ同居の通い妻を続け、献身的に世話をするふりをし、もらった小遣いの半分はポッケナイナイ、頃合いを見て財産を小夜子に譲るという公正証書遺言を作成します。
 そうしたらもう、はよ死んでもらいたいだけですな。
 本作の場合、小夜子は中瀬という91歳の元教育者の内縁の妻になります。元先生なんて大ガモです。
 なぜ入籍しなかったかというと、武内というその前に後妻に入った被害者の姓が武内家への財産権請求のために必要だったからです。脳梗塞で入院したものの、回復しつつあった91歳の中瀬に対し、小夜子は看護師の目を盗んで空気注射をします。静脈に空気を注射すると、空気は心臓内の右心房から右心室にたまり、大量の空気が心室にたまれば、心臓のポンプ機能が損なわれ、心臓から肺動脈に血液を送れなくなって酸欠状態を招き、死に至ります。
 空気注射の殺しの痕跡は、残りません。
 こうして、まんまと不動産3千万、銀行預金4千万、有価証券2千万を手に入れました。
 が・・・殺された中瀬の50代になるふたりの娘が、「どうも胡散臭い」と以前から小夜子を嫌っていたため、知人であった弁護士に相談し、この弁護士が調査事務所に依頼して小夜子の秘められた過去を徹底的に調べあげたのです。
 ことに、本多という8年前に大阪府警を退職した調査員は、途中からなかば冒険の主人公になったかのような活躍を見せました。小夜子は、中瀬の後妻に入る前に、この10年間で4人の資産家老人と入籍、除籍を繰り返したばかりか、事故を装って哀れな老人を殺害していました・・・

 黒川博行の直木賞受賞第一作です。あえて触れませんが、話題的にもタイムリーな本でした。
 男は何歳でも騙されるものですが、特に、一生を仕事に捧げてきて、老後妻に先立たれ、どうして暮らしていいかわからなくなった男ほど騙されやすいものはありません。性欲が残っていればなおさらのことです。
 いや俺は騙されない、と思っていても、コロッとやられます。
 私もかつてフィリピンパブで一線どころか二線くらい踏み外しかけたことがあり、銀行に預金が数千円しかなかったため、危うく難を逃れましたが、あのときもしもお金を持っていれば、貢いだかもわかりませんものね。
 貧乏は強いですよ。
 まあ、それとは話が違うとはいえ、高齢化と介護社会はこれからますます深刻化していくでしょうから、老人の孤独というものをどうやって健全に癒していくか、海外に逃さずに、これは日本のテーマですね。
 私が常々思っているのは、死ぬ寸前まで仕事しよう、死ぬ寸前まで健康でいよう、死ぬ寸前まで本を読もう、ということです。実際にどうなるかはわかりませんが、そう思うことによって、心にも体にも節制の努力ができるような気がします。
 今日はもう、酒を3合飲んだから、焼酎は3杯だけにしておこう、とかいうことですね。


 
 
 
 
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