「失われた時のカフェで」パトリック・モディアノ

 2014年度ノーベル文学賞を受賞し、現代フランス文学最高峰との呼び声も高いパトリック・モディアノの代表作。
 エンターテインメントではありませんが、ミステリーのエッセンスがある文学作品です。
 140ページくらい読んで、さあ、これからだ乗ってきた、というところでプッツリ終わりました。
 その後、翻訳者による、やたら長い解説があったのですが、巻末の解説が50ページを超すような本を、初めて読みましたよ。ふつう、紙の本ですから、読みながら後どれくらい残っているか、わかりながら読んでますよね。ですから、まだだいぶページ数が残ってるな、これからクライマックスかなと思った途端に、あっさり終わって解説(といっても作者の紹介)が始まりましたよ。
 そりゃねえだろ、と思いましたね。
 あまりネタばらしはしたくありませんが、けっこう謎は謎のままで残っただけにね。

 ヨーロッパでは有名な方なのでしょうが、日本での知名度は低いと思います。
 ちなみに、本作は2011年に日本で刊行されており、作者のノーベル文学賞受賞という快挙を受けて、増刷されたものが、私の読んだものです。ですから、なお作者の紹介というものが、出版社的に必要だったのでしょう。
 増刷にあたって翻訳も少し直されたようですが、結局、海外作品は翻訳というフィルターを通しますから。
 私にフランス語がわかるはずもなく、これ以外の作品を読んでいないだけに、平中悠一という方の翻訳が、上手なのか奇をてらっているのかまったく判断材料がありませんが、一度通して読んだだけではこの作品は理解しがたく、二度目にさらっと読み直してみて妙に読みやすく思いましたね。ちょっと癖があったのかな。
 行間を読むといいますか、はっきりと起こった出来事が書かれているわけではありません。
 そのへんは詩的で日本の文学作品でも同じなのですが、まあ、少し具体的なことを云うと、ある女性の追跡なのですね、この物語のテーマは。ある女性が、4月に結婚して10月にパリセーヌ川左岸のカフェに現れて、2月に夫のもとに帰らなくなって11月に☆んでしまうまでに、この女性に何があったのかということを、物語の語り手たちが追憶するのです。
 ですけども、出来事がはっきりと書かれているわけではないので、ある程度というかけっこうな程度、読み手の判断に委ねられるわけです。どれが真実であったのか、答えはありません。ラストだってそうですよ。まあ、私はジャネットが一緒にいたということは、“雪”をやって落ちたのだと思いますけどね。
 結局は、新しい世界を求めて逃げ続けていた彼女(ルキ)が、やっとこさ定点(レ・ポワン・フイクセ)=ロランを見つけたと思ったとたんに、人生から飛び出してしまったと。なんたる皮肉。まあ、こういうことなんでしょう。
 切るべきはジャネット・ゴールでしたね。ドクロというニックネーム通りだったということです。
 カフェ・ル・コンデのあった時代は1960年代ということですが、それでもおそらくヘロインと思われる“雪”を持っていたジャネット・ゴールという人間は、毒がありすぎたということです。ルキにとって不快な記憶があったというモセリーニたちのいたカフェ・ル・コンテールの面々と、ルキやジャネットが何をしていたのかはご想像にお任せしますけども。
 
 物語に頻繁に登場する単語であるカルティエは、quartier(地域、界隈)であって、ジュエリーブランドのcartierではありません。界隈(カルティエ)の他にも、定点(レ・ポワン・フイクセ)、目印(ポワン・ド・ルペール)や交差点(カルフール)なんていう、場所を意味する言葉がこの物語ではキーになっているようです。
 セーヌ川を挟んでル・コンテとル・コンセールがあったことも、境界線のメタファーでしょうね。
 あるいは、ルキが短い結婚生活を営んでいたヌイイはパリ近郊の街でしたし、そこから彼女は脱出するのです。
 しかし、カフェ・ル・コンテがいつの間にか潰れて皮革店になっていたように、時が過ぎ去ると、境界線の意味などなくなってしまいます。時は動くのです。時にかかれば、カルティエなどあっという間に姿を変えてしまうのです。
 それでも形を変えないもの、それは人の記憶のなかの存在。なくなってしまって変わりようがないもの。
 それがルキなのです。
 国立高等鉱業学校の学生だった目立たない語り手の彼、私立探偵のピエール・ケスレィ(彼の場合は写真だけど)、そしてバックスキンのジャケットの男(ロランという名前が偽名であったのは謎のひとつ)らにとって、ルキが魅せた、すっと伸びた上半身(ビユスト)、優美で穏やかな所作(ジユスト)、そしてかすかな微笑み・・・は永遠に忘れることができない過去の定点なのでしょう。

 久しぶりにフランスの小説を読みました。
 フランス人というのは、世界で異質の存在であり、なくてはならないキャラクターだと、私は思っています。
 以前にベトナムやカンボジアでウロウロしていたとき、そのパンの旨さにビックリしました。
 私がいたときはバイクに乗りながら機関銃を撃っているような奴がいる時代だったので、パンを食べるのも命がけでしたが、わずか1000リエルの素朴なバケットが、本当に美味しかったことを覚えています。
 どうしてかというと、ベトナムやカンボジアはフランスの植民地だったので、パン作りの伝統が残っているのです。
 かつて日本人は占領した土地に橋や鉄道などを建設し、そのインフラの遺構などは数多く残っていますが、昔日本の植民地だったために旨いにぎり寿司の伝統が残っている、なんて土地はありません。
 フランスは、パンだけ残した。これはある意味、さすがというべきでしょう。橋や鉄道より、残るものですから。


 
 
 
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