「百年文庫 灰」中島敦・石川淳・島尾敏雄

 百年文庫の第35作目・テーマは『灰』。グレイ。
 3篇の作品の著者の顔ぶれは、なかなかけっこう、渋い重鎮を揃えたって感じですかね。
 グレーってのは、当たり前ですが、黒でも白でもないんですけど、それに意味があるんですよ。
 黒でも白でもない、ということが灰色の存在感なんですね。
 色彩がない、ということでもあります。白というのは、色彩がないということにはなりません。
 一作目の中島敦の作品の意味するところの「灰」は、そういう意味でしょう。
 引きこもりを色にすると、グレーであって、まっさらな白でもアクの強い黒でもないんです。
 二作目の石川淳の場合は、「灰」の意味するところは空襲、戦争ということであり、それによって灰燼に帰した物質、ということでもあるかと思います。個人的には、この作品が一番好きかな、3つの中では。
 三作目、特攻艇「震洋」の元隊長だった島尾敏雄の場合は、まあ、作品自体が自身の終戦体験をモチーフにしているのですが、特攻待機で駐留していた島の軍用道路、アスファルトの色を「灰」で示しているのかと思います。
 関係ありませんが、ちょっとびっくりしたのは、日本軍が道路を舗装していたことですね。
 そんな技術と物質があったんだ。なんでも、御影石をこまかく砕いてタールをまぶしたアスファルトまがいの道路、らしいです。

「かめれおん日記」中島敦(1909~1942)
 学校で博物の教師をしている主人公は、生徒から、船員の親戚がカイロから持って帰ったというカメレオンを渡される。蜥蜴よりずっと立体的な生物で、龍に似た小さな怪物。この生物をどう扱おうか? 寒い日本では長く生きられまい。他の教員と相談し、いったん学校で飼育することに決まったが、主人公はひとりで飼ってみようと決めた。
 主人公は、教師をしているが、慢性的なぜん息持ちで、精神的な引きこもりである。
 功利主義は欠如し、物事を一連の流れとして理解する能力がなく、一切の努力を放棄した厭世家だ。
 すべての概念が灰色(現実生活に色彩がない)で、希望を持って闘うということがなく、諦めの人生を送っている。
 カメレオンは、わずか5日で、動物園に引き取られる。
 「死」の気配が濃厚な作品。主人公が何を言いたかったというと、「死」ではありませんか。
 著者の中島敦は、その通り33歳の若さでこの世を去っています。
 この作品は、彼が教員生活をしていた27歳のときのものです。


「明日珠」石川淳(1899~1987)
 戦時中、貧寒の身で一人暮らしの主人公。貧乏作家。おそらく中年かと思われる。
 配給の酒を舐めた正月。初詣に参ったが、心願の筋は「一日も早く自転車に乗れるようになりたい」だった。
 なぜかというと、親友の紹介してくれた会社を、自転車に乗れないばかりに不採用になったのである。
 早速元日から、自転車屋の娘に指南役になってもらって、中古自転車で特訓を始めた。
 ところが、元来が不器用であり、乗ることより落ちることに忙しい。近所の子供に笑われながら、ようやく慣れてきたときは、3月になっていた。空襲に見舞われた日、初めての遠乗りに出かけるが、全身が灰で覆われてしまう。
 作中、詩人の老紳士のモデルは、永井荷風とのことです。
 灰=戦争=灰燼。どれだけ大事にしていたものでも、いつなくなるともしれません。
 個人的には、貧寒の身で正月配給の酒を舐めながら、自転車の練習をする主人公の面白さが好きですね。


「アスファルトと蜘蛛の子ら」島尾敏雄(1917~1986)
 舞台はおそらく、作者が戦時中に特攻艇「震洋」の隊長として駐留していた奄美諸島加計呂麻島。
 何者かの告知によって、敗戦の日を予知することができた主人公は、それに関する機密問題か、その他の理由によって降伏の前日に、憲兵に拷問されます。
 妙な薬を飲まされ、気づいてみると、終戦当日の朝。
 アスファルトまがいの軍用道路を、フラフラしながら自分の部隊に帰ろうとする主人公の目の前に、米軍の上陸に怯える島民、構築した陣地にひそむ陸戦隊、女を連れた脱走兵、風で飛んできた蜘蛛の子の群などが現れる。
 そして、敗戦という、断層を超えて次元の異なる瞬間が訪れるのですが・・・
 おやじと陰で呼ばれる老け顔で引っ込み思案の学生が、独立特攻艇戦隊の隊長になって部下を率い、死を決意するまでの軌跡を描いた、戦争文学の名著「魚雷艇学生」(カテゴリー戦記小説・戦争文学参照)の島尾敏雄。
 この作品がある程度事実ならば、「魚雷艇学生」の後日譚ということになりますね。
 ただし、巻末の解説の魚雷艇の特攻隊長という言い方は間違っており、正しくは特攻モーターボート「震洋」の隊長です。魚雷艇というのは、英語でいうところのPTボートと同種であって、特攻兵器ではありません。
 アメリカの小さな高速魚雷艇に日本軍の艦艇がどんどんやられだして、こっちも急いで魚雷艇乗組員の養成など整備にかかったのですが、搭載するはずのメルセデス製エンジンの日本での生産が無理だったこともあり、大量生産とはなりませんでした。島尾敏雄は、当初は魚雷艇専修の学生でしたが、爆薬を搭載した特攻艇「震洋」のほうへ回されたのです。



 
 
 
 
 
 
 
 
 
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