「零戦隊長」神立尚紀

 太平洋戦争において、日本軍と連合国軍が血で血を洗う激戦を繰り広げた、ソロモン。
 航空機の墓場と言われたその地獄の戦場で、昭和17年10月に進出して以来ずっと、この方面の海軍戦闘機隊の主力として長く苦しい戦いを続けてきた第204航空隊(旧6空)には、海軍内にその名を轟かす若き名指揮官がいました。
 彼の名は宮野善治郎大尉、大正4年(1915)大阪府八尾出身。海軍兵学校第65期。
 宮野は204空の飛行隊長として、自ら零戦を駆り、櫛の歯が欠けていくようにパイロットが戦死していく航空消耗戦のなか、明るさと思いやりで若手を引っ張り、ときには叱咤し、困難な任務を率先して引受けてきました。
 たとえば、味方攻撃隊を守る護衛戦法。
 零戦は本来ならば、艦隊や味方航空機などを敵航空機の攻撃から守ることが仕事です。
 しかし、戦術的に確立されたものがなく、無線の具合も役に立たなかったこともあり、また零戦隊自体が地味な味方攻撃隊の直掩任務よりも、開戦当初世界一だったその性能に自惚れて、獲物を求めて派手な格闘戦を嗜好したために、護衛される側からの信頼をなくしていました。たとえば、本書に載っている事案ですが、艦爆隊の護衛をした帰りに、敵の駆潜艇を見つけた零戦隊がこれを銃撃に向かい、そのスキを突かれて艦爆隊が敵戦闘機に襲われる、なんてのがいい例です。
 さらに戦争が進むに連れ、敵戦闘機の質が上がったこともあり、零戦がまともに掩護してさえ艦上爆撃機や攻撃機は激しく消耗していきました。
 宮野は、攻撃隊の上空で敵機を駆逐する隊、攻撃について行って直接護衛する隊、攻撃隊が避退する方向を切り開く隊、という3段構えの護衛方法を考案しました。身を挺して、攻撃隊を守るのです。
 これには、海軍を代表する豪腕ヘルダイバーである江間保大尉も思わず宮野の顔を見て唸ったそうです。
 宮野のポリシーは、地獄の中にあっても、置かれた状況にベストを尽くすことです。
 しかも、己の名誉栄達を心の糧として努力するは不純である、という信念があります。
 兵学校3期上の先輩で、空母準鷹で一緒になった志賀淑雄(のち343空飛行長)に「日本は勝てると思いますか」と宮野は聞いてきたそうですが、おそらく宮野は日本が勝てないことはずっと前からわかっていた、その上で腐らずに、一番激しい戦場の第一線から一度も内地に帰らないまま、自分のベストを尽くして、命を賭して戦ったのです。
 縁談も持ち上がっていたのに帰国しなかったのは、部下が戦っていたからでしょう。
 そして昭和18年6月16日、空戦後の集合地点に帰ってこなかった部下を心配して単機で引き返し、そのまま行方不明になりました。わずか27歳と6ヶ月。零戦隊長と呼ぶにこの人物ほど相応しいひとはいない、壮烈な最期でした。
 
 
 著者は、宮野善治郎の八尾高校(旧制八尾中学)の後輩である、神立尚紀(こうだちなおき)氏。
 零戦搭乗員会を引き継ぐ「零戦の会」の世話人でもあり、この方でなければ本書は書けなかったでしょう。
 宮野の兵学校時代の日記をはじめとして、彼の人生に関わった人間の声がこれでもかと集められています。
 特に、先輩同期後輩問わず、海軍のパイロットたちの名前は、聞いたことある人ならみんな登場しています。
 零戦撃墜王の方くらいですね、名前さえ見当たらないのは。
 しかも、パイロットというのはクセがある人間が多いですが、宮野の悪口を言う人間はいません。
 なかでも、終戦時横須賀航空隊の先任搭乗員であり、「特攻」というアメリカのドキュメンタリー映画にも出演していた大原亮治さんの証言が多く取れていますが、彼は204空がラバウルに進出して以来の数少ない生き残りの一人で、宮野の列機でしたから、彼の証言は宮野の生き様を語る上でもっとも説得力がありました。
 また、宮野善治郎の生涯を追うだけではなく、海軍航空機隊の棋譜としての資料性も高いです。
 彼らがどのような戦いをしてどのように負けていったのか、この一冊で十分に知ることができます。
 たとえば、昭和17年10月時点で、海軍戦闘機隊の人員は総計9百余名しかいません。こんなに少なかったとは知りませんでした。これが櫛の歯が欠けるように、歴戦のベテランがひとりひとり戦死していくのですから・・・
 ミッドウェーではなくてソロモンの戦いで負けたのだ、ということが身にしみてよくわかりました。
 中島三教という、捕虜になったために、戦死扱いで生きながら靖国神社に祀られているという、古参のパイロットの話も初めて知りました。いったん合祀されると、靖国神社は取り消しができないのです。

 では、宮野善治郎の簡単な略歴を。
 大正4年、大阪府八尾生まれ。昭和9年4月より、海兵65期生(修了時187名、大戦中戦死108名)。
 昭和14年9月第32期飛行学生。昭和15年9月戦闘機専修課程修了。
 昭和16年4月、中国戦線前線の漢口の12空配属。9月、3空に転属、分隊長。南西方面侵攻作戦を臨む。
 12月8日、開戦に伴い初陣。高雄から比島へ遠征。以来昭和17年2月ティモール島まで南方作戦従事。
 昭和17年4月、新編成の6空配属、戦闘機隊分隊長。ミッドウェー進出後の駐留部隊を臨み、準鷹乗艦。
 昭和17年9月、ラバウルへ。10月19日ブイン基地から初のガダルカナル島攻撃に参加。
 11月、6空は名称変更で204空。(台南空→251空、鹿屋空→253空等)。
 ブイン、ニュージョージア等ムンダ基地など、ソロモンの最前線で制空、船団護衛、攻撃機掩護に活躍。
 昭和18年4月、山本GF長官護衛に204空所属の戦闘機6機が失敗。
 昭和18年6月16日、宮野善治郎大尉機、行方不明。
 全軍布告、2階級特進。出撃回数81回個人撃墜数推定11機、共同撃墜破300余機。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
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