「陽炎の門」葉室麟

 九州、豊後鶴ヶ江に六万石を領する黒島藩。
 伊予来島水軍の勇将・黒島興正を藩祖とする。
 今、晴れ渡った朝、海を見下ろす天守閣を仰ぎながら、桜の花が散り初める城門を通る男がいる。
 このたび新しく藩の執政のひとりとなった、産業取締・桐谷主水37歳である。
 主水は、わずか家禄五十石の軽格で幼い頃より貧苦に喘ぎ、長じてからは両親を失くし、苦労をした末の立身出世であったが、30代での執政登用は、さすが“氷柱の主水”と城内で噂される切れ者ならではの、破格の出世だった。
 しかし、御前での初の執政会議は、いきなり躓く。
 下士あがりで執政の身は、生まれながらの上士であるほかの執政たちの目障りとなった。
 そして、主水には、藩内で知らぬ者のいない過去があった。
 10年前、彼は殿を中傷する落書の書き主を、筆跡から友である勘定方芳村綱四郎と断定し、切腹に追いやった。
 そしてその介錯を務めたばかりか、故あって半年前、17歳も年下である綱四郎の娘、由布を娶った。
 だから、出世のために友を見殺しにした卑怯者と、藩内で謗るものがあるのだ。
 主水自身も、友を救おうとしないで死なせてしまったことへの慙愧の念を永年、心の奥底にしまいこんで苦しんできた。
 しかし執政になった途端、10年前の出来事が再び浮かび上がったのには、実はわけがある。
 綱四郎の息子であり、由布の弟である喬四郎が、10年前の父の事件は冤罪であり、父の仇討ちを果たすべく、江戸からやって来たのである。彼の元へ、主水が父を陥れたと密告する文が届けられたのだという。
 はたして、その文の筆跡は、主水が10年前に綱四郎のものとした落書の筆跡と瓜二つであった。
 真犯人は他にいたのか? 主水は無実の友を死に追いやったのか? 10年前の真相は・・・
 苦しい立場に追い込まれた主水は、監視役となった江戸詰の藩士である早瀬与十郎と共に、事件の謎を追うのだが・・・

 読むたびに、なんだかもうひとつ足りない、といつも思ってしまう葉室麟。
 直木賞を受賞してだいぶ経ちましたが、すでにベテランだった割には、あんがい作品を量産していますよね。
 そのせいではないでしょうが、あとひとつ凝ったエッセンスがあれば非常に面白いのに、という作品が多いように思います。傑作というのがないよね、この人。優がなくて可かせいぜい良ばっか。
 まあでも、本作はマシかな。
 ムカデの正体はとっくにわかってしまいましたけどねえ、別にミステリー小説ではありませんから。
 でもラストというか、与十郎と由布の様子を読むとどうもこれは主水は最後に死ぬな、と思っていたのですが、見事に外れましたよね。葉室麟にしては意外なラストだったように思います。
 冷静に振り返れば、めちゃくちゃなラスト(仕舞い方)でしたけどねえ(笑)
 主水が強いのは強いんだけど、それほど腕が立たないのも、現実的で良かったですけど。
 ただ惜しいのは、ここまで嫌がられるのなら、じゃあなんで桐谷主水が執政になったの? という疑問の答えがおそらくない点。殿(興世)だって嫌がってたし、ほかの家老や執政に主水を取り立てたような人間はいませんでしたよね。
 こんなちっこい六万石の藩の出世として、こういうのは現実的ではないでしょう。これが最後まで、頭に残りました。
 なにか本筋以外のところで、主水が藩の経済において活躍したというエピソードを交えれば良かったのです。
 まあ、他にも挙げればいろいろと、おかしなところはありますね。
 ラストの河原の乱闘はともかく、与十郎の陰謀というか、ごちゃごちゃとしていたのもどうかなと思いました。
 結局、彼は何がしたかったん? ということになりますよね。
 これでも殿と孤竹先生を殺害した、殺人者ですもんね。そこの説明が弱いんだな、やはり。
 ひょっとしたら、与十郎はサイコパスだったということかな。
 葉室麟には、もう少しボリューム的にも質的にも、余計な部分を書き込んでもらいたいと思います。


 
 
 
 
 
 
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