「百年文庫 幻」川端康成/ヴァージニア・ウルフ/尾崎翠

 百年文庫第39作目のテーマは『幻』。
 幻、いいねえ。
 幻とは脳の電気信号が生むところの妄想でもあり、得体のしれない不可思議な現実の可能性もあります。
 私なんかは根が強気ながら被害妄想にできており、周りの人間から嫌われていると信じて生きていますが、ひょんなことからそれが思い込みであったことに気づき、自分の頭が勝手に生み出すところの妄想の不確実性を知ったりします。
 妄想はあくまでも、妄想なんですよ、凡人の。
 “幻”を文学的に昇華させるには、幻の実態が凡人の陥る妄想ではあってはなりません。
 なおかつ、エセオカルトであってもならないと思います。
 文学者の見る“幻”とはなにか?
 文学者の書いた“幻”とはどのようなもので、それは私たちにはどう映るのでしょうか。
 奇しくも、いやおそらく意図的に、今回の3人の作者は自殺者2名を含む神経を病んだ作家たち。
 彼らが見た向こうの世界とは・・・

「白い満月」川端康成(1899~1972)
 肺病の療養のため温泉地の別荘に暮らす主人公の男性は、女中として夏という17歳の娘を雇い入れた。
 山へ来てから7ヶ月、孤独のために貧血症状を起こしていた主人公の病態は彼女の存在で改善する。
 しかし、彼の上の妹である八重子がこの地にやって来て下の妹の静江の不幸を告げてから、母は同じでも父は違う彼ら3兄妹の身の回りには暗雲が立ち込める。
 一方、夏は10年も会っていない北海道に暮らす父の死を、千里眼で見たといって騒ぐ。
 妄想。一度囚われたら離れられない妄想。本作の場合は、静江の死に八重子が深く関わっているのではないかという疑いですね。まあ、それはともかく、本作の場合の幻とは、まるで現実の世界に住んでいないかのようなお夏と、日本橋の呉服店の子弟でおそらく遺産によって裕福な暮らしをしている兄妹の、現実の板についていない浮き世暮らしを、生活感に溢れていた母との対比によって浮き彫りにしたというところだと思います。幻のような生活という意味ね。
 相変わらず、川端康成は嫌いですが。


「壁の染み」ヴァージニア・ウルフ(1882~1941)
 古い邸宅に住む語り手が、あるとき、壁に染みを見つけた。今すぐ立ち上がってその正体を調べなくてはならないのだが、主人公は座ったまま果てしない想像力の奔流に流されていく・・・
 作者は20世紀を代表するイギリスの女性作家という触れ込みですが、私は初めて読みました。
 読解不能でしたね、残念ながら。壁の染みが無性に気になってそれが人の顔に見えたりするということなら、非常に似た経験があるので理解できますが、その正体がカタツムリならわかりませんか、動くでしょ。


「途上にて」尾崎翠(1896~1971)
 1931年の作品。東京のパラダイス・ロスト通りで失恋した女友達と夜の徘徊をする語り手の女性。
 やがてこの失恋女性は郷里の北海道に帰るが、語り手の女性の話は、おそらく菊池寛と思われる作者の書いた砂漠で死んだキャラバンの少年の話から、2年ぶりに再会した中世紀氏というかつて交友があった医学生の後日譚まで、定点を持たず幻のように彷徨う。
 本日の発見は、これ。尾崎翠(おざきみどり)。
 非常に怪しげでフワフワした現実感のない作品ですが、ドキッとするくらい意味深でもあります。
 この作者の感覚は最高。
 「芥川龍之介の書いたひとつの立小便が澄んだ色をしている」、なんて表現は衝撃的ですね。
 で、「嘘を知らない中世紀氏」という意味深なラストの真相ですが、
 失恋した女友達とは誰に失恋したかというと、中世紀氏なんでしょう。おそらく2年前。
 彼女はそのまま北海道に帰ったのですが、中世紀氏には失意の事情を知らせずにあえて嘘をついた。
 「嘘を知らない中世紀氏」とはこういうことだと思います。
 ただ、その後の中世紀氏の生活はどうなったかというと、北海道の彼女には想像もつかない変転があったのですな。
 人生は無常であり、すべては幻に帰するということでありましょう。

 

 
 
 
 
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