「伊号三八潜水艦」花井文一

 昭和18年1月に竣工し、南方方面の潜水艦輸送任務成功23回を数える殊勲艦・伊38潜の戦記。
 著者は操舵員の水兵・花井文一氏。
 本書は伊38潜が昭和18年5月8日出撃後、著者が非番の折に書き溜めた1年間の日記を下敷きにしたものです。
 敵制空権内での危険な潜水艦輸送任務、迫り来る敵魚雷艇、そして私は知らなかったのですが、運荷筒という潜水艦からワイヤーで牽引した物質輸送カプセルみたいなものの実験記録と輸送成功記録が載せられており、珍しいかと思います。

 伊38潜は、昭和18年1月竣工。標準2584トン、水偵1機搭載の大型潜水艦です。
 最高速水上23.6ノット、水中8ノット。魚雷発射管は前部4門のみ、12センチ砲1門、25ミリ機銃2基装備。
 艦長安久栄太郎中佐以下乗員98名。
 著者は戦艦日向乗組み後、海軍潜水学校呉分校を経て、昭和18年3月竣工して猛訓練中の伊38潜に乗艦。
 職務は操舵員(潜水艦は水上艦のような縦舵の他に魚の尾びれの役割をする潜舵と横舵がある)ですが、潜水艦乗員は複数の役割をこなすのが当たり前であり、著者の場合は砲戦時は弾込め要員、水偵発進時は右翼組み立て要員でした。
 昭和18年5月8日に呉を出撃した伊38は、南方に航路をとり、トラック島で水偵を下ろした後一路ラバウルを目指します。
 水偵を下ろしたということは、ハナから輸送専用に使おうと上層部は思っていたのでしょう。
 ソロモン群島での戦闘は劣勢が顕著となり、敵中に孤立した味方軍への補給は潜水艦をもってするよりありませんでした。
 本来潜水艦の任務は偵察及び通商破壊であり、仕方ないとはいえまさか輸送艦に役割を果たすとは・・・
 しかし、これもまた戦争なのです。
 伊38には魚雷発射管が4門ありますが、1門ずつ1本だけ必殺の魚雷を搭載し、ギリギリまで医薬品や米、生活物質を詰め込み、敵航空機や魚雷艇の厳重な警戒をかいくぐって孤立無縁の死闘が続く味方陸上軍への決死の補給を行います。
 半日がかりで詰め込んだ物質を、1時間おきに敵機がやってくるので1時間内で迎えの大発に荷揚げしなくてはなりません。
 ある意味、戦艦や空母を雷撃することよりもその行為は崇高でさえあります。
 この頃はソロモン諸島だけではなくラバウルの膝元であるニューギニアまでも連合軍の攻勢にさらされていましたから、伊38による輸送はブインやコロンバンガラから、近所ともいえるスルミやラエにまで及びました。
 それほどまでに、海上や陸上での輸送は危険だったのです。
 そこで考えだされたのでしょう、運荷筒なる物体。
 これは潜水艦の半分ほどの大きさのカプセルであり、中には食糧や弾薬など潜水艦に積載する場合の5~7倍の物質を搭載することができます。それを潜水艦が曳航して目的地まで行くのです。
 伊38はラバウル港外で輸送任務の合間に、ひたすらこの運荷筒の実験を繰り返しました。
 しかし潜航のスピードと水上のスピードが違うので、潜航の調整が非常に難しいのです。
 水上航行のときは運荷筒が沈みすぎてしまうし、水中航行のときは運荷筒は浮き上がってしまうのです。
 結局、昭和18年12月7日、伊38潜22回目の輸送任務において運荷筒曳航は実施され、スルミへ無事送り届けることに成功しました。ちなみに伊38潜最後となる23回目の輸送においてもニューギニアへ運荷筒は使用され、成功したそうです。
 
 昭和19年1月呉に帰投するまで、伊38は23回の輸送を成功させ、総計753トンの物質補給を完遂しました。
 航空機や魚雷艇に攻撃されながらこれだけの働きは誠に殊勲であり、天皇陛下直々の拝謁も賜ったそうです。
 名艦長のほまれ高い安久艦長は艦を去り、11月に二等兵曹に任官したばかりの著者もまた、海軍航海学校運用術高等科練習生となって伊38を退艦しました。
 この後、著者は終戦まで海防艦に乗ることになります。
 大佐になった安久艦長は第33潜水隊司令として呂64潜に乗組み訓練中、投下機雷に接触して戦死。
 伊38潜は昭和19年11月5日、比島東方海面にて行動中、敵発見を報告して消息を絶ちました。


 

 
 
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