「流」東山彰良

 第153回(2015年度上半期)直木賞受賞作。
 最近の、作品にではなく作者の“名”に対して贈られる傾向の強かった直木賞受賞作の中では出色の出来です。
 文句なく面白い。
 面白い小説の前提である、色々なジャンルといいますか要素がふんだんに織り込められています。
 物語の底流である祖父の代から続く因縁は大河小説的ですし、10代だった主人公が経験する切なすぎる失恋の過程は正真正銘の恋愛青春小説ですし、誰が祖父を殺したのかという最大のテーマがラストに明かされる様は文句のつけようのないミステリー小説です。藍冬雪の下りはホラー以外の何物でもありません。
 日本土産にもらった洒落た涼しげな短パンをカップルで履いていたら下着のトランクスだったとかユーモアのセンスもあります。
 が、この小説に引き込まれるのは、それだけではありません。
 日本人にはわからない、スケールの大きさがバックグラウンドにあるのですね。
 我々は8月15日に第二次世界大戦が終戦したあとの世界のことを、実はあまりよく知っていません。
 中国大陸では、日本軍相手に手を結んで共闘していた毛沢東率いる共産党軍と蒋介石総統の国民党軍が、敵である日本軍がいなくなったためにいよいよ本性を現し、何十万という戦死者をだす未曾有の内戦が繰り広げられました。
 そして1949年、人民解放軍に敗れた国民党は、台湾に逃げたのです。
 しかし外省人(土着の台湾人は本省人という)が台湾に渡って30年を経てでさえ、ほとんどの年寄りたちはこの島を仮住まいと見なしていたといいます。つまり、いつの日か故郷である大陸に凱旋することを思っていたのですね。
 本作の冒頭、主人公の少年時代は、偉大な蒋介石総統が死んだ1975年の場面から始まります。
 学校の教師が涙を流して総統の死を伝え、生徒たちに家に帰って今後に備えよと言うのです。
 なぜなら、今にも大陸から共産党軍が攻めこんできて、宝島(台湾)が火の海になる怖れを台湾人が抱いていたからです。
 1975年の台湾は戒厳令下にあり、高校生にさえ銃を扱う軍事教練を課していました。
 田嶋陽子が聞いたらなんと思うでしょうかね。
 台湾では去年まで1年の兵役制度がありました。本作の主人公の頃は2年です。失恋するには十分な期間ですな。
 台湾の戒厳令が解除され、大陸間の訪問が解禁されたのは1987年のことです。
 本作は、こうした我々の知らない台湾と中国大陸との関係に沿って物語が進んでいくことが醍醐味なのです。
 直接に手紙が送れなかったので、船乗りに託して日本を中継して送ってもらうとかね。
 近所の出来事であるのに、存外に知らないんだなあと改めて思いました。
 だからこそ新鮮であり、面白く読めたわけですが。

 少しあらすじというか導入。
 主人公は台湾人の葉秋生。
 忘れもしない、1975年。蒋介石総統が死んだその年の5月、彼の祖父・葉尊麟は何者かに殺害された。
 商売を営んでいた布屋の仕事場で、手足を縛られ浴槽で溺死させられていたのだ。
 第一発見者は、当時17歳だった秋生だった。
 彼が祖父の遺体を発見した直後、仕事場にかかってきた無言電話。その通話口の先にいたのは犯人だったと秋生は今でも思っている。
 祖父は気難しい人間だった。警察は怨恨の線で追っていたが、犯人は捕まらなかった。
 秋生は思う。もしも、祖父が殺された理由が怨恨にあるとすれば、その恨みが生まれた場所は、中国大陸以外に考えられないと。
 祖父は、第二次世界大戦が終った時、国民党の兵士だった。正規軍ではなく、ゴロツキを集めた遊撃隊である。
 そして、祖父は村長が日本軍の間諜だったとして、ひとつの集落の人間を皆殺しにしていた過去があったのである。
 1949年、香港を経由して台湾に逃れた祖父は、台北で布屋の商売を始め、妻と3人の子、そして戦死した仲間の子ひとりを引き取って家族として養ってきた。
 長男である秋生の父は一族で初めて大学を卒業までしたが、癇癪持ちの祖父は家庭内暴力をふるい、戦死した戦友の家族へ仕送りなどしたため、生活は貧しかった。
 そして台湾に渡って30年後、突然殺された。
 それは好き勝手に生きてきた男の、半世紀ぶんのツケだったのか。
 流(りゅう)は血。連綿と続く憎しみの連鎖。
 はたして、祖父を殺した鬼牌(ジョーカー)は誰か。

 もうひとつ思い出したことは、キャラクターがすごく生きていること。
 チンピラの趙戦雄(小戦)、毛毛、明泉叔父、宇文叔父、ゴキブリを物ともしない祖母の林麗蓮など、1970年代の台湾風俗を背景にして、その行動がイキイキと輝いています。
 どことなく岸和田少年愚連隊の雰囲気がありましたね。
 いまさらですが、面白く読めた最大の要因はそこにあったと思います。続きがないのが残念です。もっと読みたかった。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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