「海軍中攻決死隊」横山長秋

 著者は太平洋戦争末期の予科練搭乗員で、第一線の海軍航空隊で一人前に作戦に従事したパイロットの中では、もっとも若い世代のひとり。戦勢傾く時勢下、制空権なき戦いに夜となく昼となく出撃し、いくたびか窮地に陥り、危機一髪の思いで帰投してきた自称“悪運の強い”パイロット。特攻隊に編入されたこともあります。戦死率が一番高い世代ではなかったでしょうか。驚くべきは、高雄で少し一式陸攻の訓練をした以外は、終始旧型である九六式陸攻を操縦していたことで、連合艦隊とは指揮系統が異なる海上護衛総司令部指揮下にあった901航空隊に所属しており、船団護衛や対潜哨戒の模様を知るには格好の一冊であるかと思います。

 著者の横山長秋氏は、宮崎県高鍋出身。大正15年生まれ。
 宮崎県立工業学校在学中に、予科練を学校にも親にも無断で受験し合格。
 ここは技術者を育てるところで兵隊を育てるところではないと言い切った校長や、危険な目に合わせたくない親の反対を振りきって、甲種予科練12期生になりました。軍隊に入った生徒は学校始まって以来だったそうです。
 昭和18年4月入隊。1年6ヶ月の予科練、飛鎌、延長教育を経て昭和19年10月、中攻操縦員として館山の901空に配属。
 901空は、船団護衛、潜水艦哨戒を専門とする海上護衛総司令部の航空隊です。
 間もなく台湾に移り、潜水艦攻撃に従事するようになった著者は、その模様を詳しく説明しています。
 潜水艦探索はふつう3機の編隊で行うようです。磁気探知した機が海面上で次々と標識弾を落とし、あとの2機が上昇してから爆撃に移るのですが、九六式陸攻の大きな図体でマイナス30度ピッチの降下爆撃は迫力があって生やさしいものではなく、戦闘機乗りのようにGに慣れていない中攻乗りだと、4G以上でブラックアイ(眼水の低下により一瞬目が見えなくなる)になることがあり、速度200ノットからの機体の引き起こしも大変だったそうです。
 魔のバシー海峡で潜水艦哨戒、爆撃を経験した著者でしたが、昭和20年4月に、901空唯一となる神風特攻隊天桜隊に選抜されました。901空からも特攻隊が出ていたことを知りませんでした。
 天桜隊は九六陸攻3機、九七艦攻4機。全機雷装です。陸攻の搭乗員は26名。
 死ぬのは怖くないが、生き延びれるなら生きたい。そういう心境が吐露されてもいますが、弱音はありません。
 4月には沖縄作戦の第一線である鹿屋基地に進出。艦攻は特攻に散りましたが、なぜか陸攻は特攻解除されました。
 理由は書かれていませんが、この戦線での索敵、輸送任務に陸攻が必要となったのではないでしょうか。
 特攻はなくなったとはいえ、901空から分派して派遣された著者らは801空攻撃703飛行隊に配属され、沖縄作戦末期の第一線で孤島に取り残された陸軍への輸送と負傷兵救出、夜間爆撃、索敵に奮迅し、晩飯も今日で最後かと思う日々が続いたそうです。
 “悪運が強い”は自称ばかりではなく、生き残ったのは運と実力があったのでしょう。
 一式陸攻でさえライターと呼ばれるくらい脆かったのに、九六陸攻は昭和11年に採用された旧型です。
 電動セルモーターもないのでエンジンは手動スタートですし、離陸時は操縦席から地面が見えないので副操縦士や搭乗整備員が天蓋から身を乗り出してパイロットに手信号で合図や進路を伝えていました。
 それでもグラマンに追われて穴だらけにされながら堕ちず、終戦まで九六陸攻と共に基地を転々とし、著者は生き残りました。
 戦後は、自家用セスナの教官として飛行時間1万時間を誇り、平和な大空を謳歌したそうです。

 少々面白かったエピソードを2つ。
 ひとつは、サイゴンに寄ったときに現地のおばさんから絹布と引き換えに譲ってもらったという、ポケットモンキーその名も「サイゴン」。制空権のない厳しい戦争情勢でありながら、この可愛い猿を中攻に乗せて飛んでいたそうです。
 なんか、意外。機長の将校も怒るわけでもなく、ペアのマスコットになったそうですが、厳しい世界だからこそこういう癒やしが必要だったのでしょうかね。著者はこの後すぐ内地転勤になったので「サイゴン」のその後の行方はわかりませんが・・・
 もうひとつは、中攻のトイレ事情について。
 これ、そういえば今まで読んだことなかったですわ。零戦の小便の話はよくありますけども。
 横の銃座、スポンソンの後部に小便用の便器があったそうですが、ここで用をたそうとすると、入ってくる風によって小便が霧になって全部自分の顔にかかってしまうそうです(笑)
 ですから、棒状のボール紙と防水の紙袋でできた“小便袋”を持っており、「ちょっと用を足してきます」「はいどうぞ」みたいな感じで機の後部でこれに放尿し、しかる後にスポンソンから爆弾投下よろしくポイとこれを捨てたらしいです。
 新しい一式陸攻の場合はどうだったか知りませんよ。
 こういうのは日本の軍隊は気が回らない方ですから、似たり寄ったりじゃないでしょうか。
 あるいは、一式陸攻や零式輸送機は参謀ら幹部もよく乗りましたから、あるいは違っていたかもしれません。
 え? 大? それは知りません。


 
 
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