「母艦航空隊」高橋定・谷水竹雄・安部井稠也ほか

 帝国海軍の花形・母艦航空隊の搭乗員・整備員による実体験戦記集。
 雑誌「丸」に掲載された記事から、26名29篇。
 いずれも、錚々たるメンバー。よくもまあ生き残ったという歴戦の方々ばかり。
 珍しい名前もありますね、岡嶋清熊とか谷水竹雄とか。
 谷水竹雄さんは、色々な本でお名前を目にしますが実際にご自身で書かれている記事を初めて読みました。
 よほど運動神経が良かったのか向いていたのか、搭乗時間の割には撃墜記録の多い方ですよね。
 なんなら長いの一冊書いてほしかったですけど。
 他にもねえ、ええっ、生きてたんだ! と吃驚するような体験を持っている方の記事もあるんですよ。
 レイテ沖海戦のときに、小沢機動部隊から索敵に飛び立ってハルゼーの機動部隊を発見触接した彗星偵察機の操縦員とか、日本海軍で初めて撃沈された空母となった「祥鳳」の直掩戦闘機隊員であるとか。
 ヨークタウンを撃破した“刀折れた日本海軍の意地”空母「飛龍」の第三次攻撃隊の生き残りとか。
 思わず食い入るように読んでしまいました。
 これ重箱の隅じゃないけど知りたかったとこだよなあ、と思って。
 他にも、縁の下の力持ちである知られざる整備員の戦記も数篇ありましてね、空母に着艦した飛行機がどのように制御されてエレベーターで格納庫に降ろされてそれから何をされるのかとか書かれているわけですよ。
 発着艦や母艦航空隊ならではの洋上航法だとかもね。
 もちろん、各空母の攻撃隊長クラスの方々の手記も多いですから、手に汗握る航空戦の模様も盛りだくさん。
 特に南太平洋海戦で空母「翔鶴」の艦攻操縦員だった萩原末次少尉の手記は迫力あったわ。
 どの方のもそうなんですが、一篇一篇が短いのが惜しい。それぞれ一冊で読みたかったくらい。
 さくっと潮書房が出したのが拍子抜けなくらい、凄い戦記集でした。

 では特に印象に残った記事を抜粋。

 「飛行甲板の主役『整備分隊』戦闘日誌24時」吉岡久雄(601空整備分隊長)
 空母「加賀」「龍驤」「翔鶴」「瑞鳳」「瑞鶴」の5隻の空母に乗り組み、「龍驤」「翔鶴」「瑞鶴」の3隻の沈没時にその場にいた、歴戦の整備将校による、まさに母艦航空整備の生き字引的戦記。
 「御紋章なき空母『大鷹』戦闘機隊初陣記」谷水竹雄(大鷹戦闘機隊操縦員)
 護衛空母「春日丸」の最初で最後の戦闘機隊に配属されたときの手記。同期の杉野計雄と一緒に配属され、鍛えられました。96艦戦ですね。当時の「大鷹」は飛行甲板170メートル、速力20ノットで零戦は心細く、96艦戦と96艦爆を搭載。第二次ソロモン海戦では戦艦大和の護衛として出撃しました。
 「瑞鶴艦爆隊が演じた勝利の海戦劇」堀建二(瑞鶴艦爆隊操縦員)
 宇佐空開隊時からの歴戦のヘルダイバー。江間保隊長の列機として活躍。南太平洋海戦では、数次に渡る攻撃のトリを務めました。たった2機で・・・傷つきながらも生きて帰る、凄い。
 「孤独な空母『祥鳳』珊瑚海に死す」石川四朗(祥鳳戦闘機隊操縦員)
 甲飛5期。祥鳳に配属され、96艦戦を担当(祥鳳戦闘機隊には零戦6,96艦戦6搭載)。祥鳳はポートモレスビー攻略作戦における陸軍部隊輸送の護衛中に撃沈されましたが、このとき著者は上空直掩中。急に敵の艦爆が降ってきましたが間に合わず。母艦が沈み思案中に、デボイネ基地に行けと無線を受けたそうです。「どこだそれ」と困っていると、零戦で分隊長と仲間が誘導してくれたそうです。
 「飛龍艦攻隊のサムライども突撃せよ」橋本敏男(飛龍艦攻隊偵察員)
 ミッドウェー海戦で海軍の最後の意地を見せた飛龍攻撃隊。著者は友永丈市大尉の片道燃料特攻で有名な、飛龍第三次攻撃隊艦攻偵察員として、ヨークタウンを撃破、見事帰還しました。操縦員の高橋利男上飛曹は本当に操縦がうまかったそうですが、飛龍沈没時に戦死してしまいました。
 「翔鶴雷撃隊、南太平洋の激闘」萩原末次(翔鶴艦攻隊操縦員)
 全部すごかったですが、もっとも迫力があった戦記を選ぶとすれば、これでしょうね。
 「準鷹艦攻隊 入魂の航空雷撃の果てに」山下清隆(準鷹艦攻隊操縦員)
 この方、「空母雷撃隊」を著した金沢秀利さんのバディです。新機を受け取るときにテスト飛行は長時間で辛いからと金沢さんらに断られ、主計課に人の重量の代わりになる砂袋をもらいに行ったんですが、ここでも断られ、ならばと主計科の主任クラスをふたり乗せたテスト飛行で艦攻ではギリギリのアクロバットをやって、重症の飛行機酔いに追い込んだそうです。
 他にも郷土訪問飛行で手袋に自分の卒業年度と名前を書いて学校に落としたりとか、歴戦の艦攻パイロットにしては茶目っ気のある方です。
 「『千歳』乗組 母艦整備屋マリアナ奮迅録」安部井稠也(653空整備員)
 安部井さんはこの他レイテ沖海戦で「瑞鳳」の艦攻天山を担当した記事もあります。マリアナでも、千歳で天山の整備を担当しています。飛行甲板180メートルの千歳で天山はギリギリだったそうです。
 レイテ海戦時、瑞鳳の搭載機は零戦8,天山5,爆戦4も実働17機。
 「瑞鶴発 彗星艦偵レイテ沖の歓喜と慟哭」中野宏(653空偵察飛行隊操縦員)
 レイテ沖海戦で敵機動部隊発見触接の重責を全うした瑞鶴発彗星艦偵のパイロットの手記。生きてたんですね・・・日本が優勢のときですら、触接機はたいがいやられていますから。何度も敵機に襲われながらも奇跡的に逃げ延び、燃料尽きてフィリピンの小島に不時着したそうです。この体験の他にも、航空戦艦「日向」で彗星のカタパルト発射の飛行実験をした非常に興味深い体験も寄せられています。


 
 
 

「暗闘」山口敬之

 安倍政権の外交・安全保障の裏側を描いた傑作ノンフィクション。
 2016年11月17日の、世界を驚かしたトランプ次期大統領との会談はなぜ実現したのか?
 様々な国からの会談ラブコールを断って、多忙なトランプが安倍ひとりを選んだ真の理由とは?
 2016年12月に来日したプーチンとの日露交渉の、本当の真価とは何か?

 まあ、安倍晋三の支持者の方も不支持の方も読んでおいて損はない本。ためになる。
 著者は最近色々と噂のある人ですが、そんな確定していないことで人も本も評価してはダメだと思います。
 そりゃ、はっきり言って出会い系バー行きを公言したボラみたいな顔した元文部科学事務次官とは違いますよ。
 権謀術数といいますか、最近の安倍政権への攻撃は誰かが音頭をとっているのでしょうが、見ていて痛々しい。
 まあ、本書にも音頭を進んでとっていそうなグループのことも書かれていますけどね。
 そういう私は安倍政権は80%支持、外交・安全保障に限っては95%支持です。

 何が琴線に触れるかって、私は「日本はなぜ戦争をしたのか」の研究をライフワークにしていますが、戦後感がまったく安倍さんと同じです。つまり、太平洋戦争の敗戦で発生した多くのわだかまりや矛盾に正面から向き合わず、その結果多くの歪みが内外に残ってしまったと安倍さんが考えること、その通りだと思います。敗戦という史実に正面から向き合わずに放置してきたさまざまなツケが、グローバルでは当たり前の国家と社会の形成を阻害しているのです。
 いまだ敗戦が続いてるのですよ、日本は。もはや戦後ではない、など嘘です。見てみなさい支那を朝鮮を。
 歴史教科書的俯瞰でもって時代を見るならば、日本の敗戦期はあと少なくとも50年は続くと思います。
 ようやく新しい価値観で外国との付き合いができるのは、それ以降になると思います。
 それまでは、理不尽なことや挑発的なことをされてもじっと辛抱していなければなりません。怒っても損するだけです。
 そんな国なんです、日本は。普通の国ではないんですわ。
 そんないわば敗戦処理期に、マウンドに上がってなんとか好投しているのが安倍晋三なわけです。
 日露交渉で日本が巨額の投資をロシアに対して行うことを、さも騙されたように言うバカがそこらへんにたくさんいますが、安倍さんの本音は領土交渉というのは武力以外に解決しようがないということをわかっているのです。
 領土問題なんて、実効支配したもん勝ちに決まってるじゃないですか。
 でもそんなことを言えば、左翼のおばはんが卒倒しそうなほど騒いだりね、自衛隊は暴力装置なんていう支那人のスパイのようなクソ左翼政治家がいる国ですから、しごく当たり前のことが通じないときてる。
 北朝鮮にミサイルを撃ち込まれるかもしれないのに、平和という念仏を唱えれば左翼のおばはんは助かると思ってるの?
 安倍さんの本音は、
 ・日本は中国とロシアという二つの大国と同時に対峙することはできない
 ・軍事的にも経済的にも、ロシアの脅威は中国よりはるかに小さい

 ということです、ですから、家に例えれば両隣と喧嘩は同時にできないわけ。味方と言わずとも敵にならなければいわけ。ですから、ハナから北方領土返還交渉ではなく、新しい日露関係の幕を開けようではないかということをしているわけです。具体的に言えば、日露平和条約の締結に向けてですね。
 中国とロシアが手を組んで日本を半分に分けるか?  なんて話が絶対にないと言いきれますか?
 それでも日露交渉の意味がわからない、北方領土返さへんのやったらロシアなんかほっとけやいう人は、「平和平和」の念仏でも唱えていればいいんじゃないですかね。

 ただ、アメリカについては本書を読んで驚いたこと、知らなかったことが多かったです。
 アメリカの大統領選において外務省はクリントンの圧勝を予想していましが、それでも“もしや”のためにトランプ陣営とつなぎを付けていたのですね。知りませんでした。新聞を読んだ限りでは日本側からトランプ陣営に何のアクションも起こしていなかったように聞いてましたから。違うかったんだ。クリントンの表敬訪問を受けた2016年9月、トランプ側と全く接触しないのは不適切として、安倍さんは後に商務長官となるウィルバー・ロスと極秘で会談しています。また、司法長官となるジェフ・セッションズ上院議員やトランプの家族にも念入りに根回ししていたそうです。ですから、あの世界初会談が実現したのですね。
 何かと外交が弱いと言われてきた日本ですが、安倍さんが官邸に国家安全保障局を設置して以来、頑張っています。
 会談の内容は一切、公表されていませんが、著者は会談の2時間後、安倍さんと電話で話したそうです。
 どんな感じだったのか? 本書を読めば雰囲気はわかるかもしれません。
 選挙期間中は日本との安保を見直すと吠えていたトランプでしたが、すっかりおとなしくなりました。
 それは、
 ・在日米軍基地は在韓米軍基地と違って日本だけを守っているのではなく、アジア太平洋地域から中東まで幅広い範囲をカバーしていること。
 ・在日米軍の駐留費用については、日本側は相当なボリュームを負担しており、同等の兵力をアメリカ内で維持するよりもアメリカ側の負担は少ないこと

 を、トランプ陣営に力説したからです。
 アメリカ内にいさすよりも、日本に置いていたほうが安い。これは経営者であるトランプへの殺し文句になったことでしょうね。

 苦しい時のほうが多いと思います。少々の失点が許される勝ち抑えと違い、敗戦処理は簡単ではありません。
 でも、安倍さんは日本の敗戦処理を一手に引き受けながら、同時に未来への展望も開こうとしています。
 いま見限ってはいけません。あとしばらくは、黙って応援しようと思います。


 

 
 
 
 
 

「凍てつく街角」ミケール・カッツ・クレフェルト

 北欧デンマーク発の犯罪サスペンス。
 外国物特有の気味悪さはありますが、いったん物語に入り込めば抜け出すことは難しいほど面白い作品です。
 主人公は休職中の刑事。ミステリー小説とも冒険小説とも云えるでしょう。
 デンマーク、スウェーデンというあまり馴染みのない国が舞台なので、それらの風俗も興味そそられますね。
 マイナス10度というのだけは、あんまり伝わらなかったけど。
 ちなみに、1デンマーククローネは約17円で、1スウェーデンクローネは約13円です。
 読む前に覚えておくと、便利かと思います。

 さて、あらすじ。
 主人公は、デンマークの警察官で、1年間休職中であるトマス・ラウンスホルト。
 彼は優秀な刑事でしたが、9年間連れ添った最愛の奥さんが自宅で強盗に殺害され、アル中の廃人寸前になっています。この事件は遺留品もなければ目撃者も見つからず、いまだ未解決事件のままです。
 トマスはふたりで暮らしたアパートメントにいるのは辛く、港に係留したオンボロヨットで犬のメルフェと暮らしていました。
 もうそろそろ貯金も尽きる、かといって復職する気はない、ヨットを売らざるをえないかという時、友人でパブを経営しているジョンソンからある頼み事をされます。店の掃除をしてくれているリトアニア移民のおばさんがとてもいい人なのだが、彼女のたったひとりの娘が2年半も前から行方不明だというのです。
 気が乗らないまでも、以前の職場まで出かけて情報を聞いたトマスでしたが、この娘マーシャの手がかりはありませんでした。これで手を引こうとしたトマスですが、母親とジョンソンの懸命の慰留で独自捜査を続行することになります。
 すると、マーシャは実は売春まがいのことをしており、ロシア人のボーイフレンドの借金の肩代わりとして、北欧ギャングのボスのひとりであるスラヴロスに売られ、デンマークから連れ出されてスウェーデンのストックホルムで売春をさせられているらしいということが明らかになりました。
 このとき、ストックホルムでは6人の売春婦が殺害され、死体が剥製にされて町外れのくず鉄置き場に“展示”されるといいう、身の毛のよだつ凄惨な未解決事件が発生していました。殺された売春婦たちは、生きたまま太ももの血管からホルマリンと塩酸と亜鉛を注入されて防腐処理されるという残忍な方法で殺害されていました。
 マーシャの救出は間に合うのか!? そもそも彼女は生きているのか?
 スウェーデンというアウェーで何の権力も武器も持たないトマスの行き当たりばったりな捜査が始まるのですが・・・

 巻末の訳者(長谷川圭さん)あとがきによると、本作はトマスを主人公としたシリーズ物の第一作らしいです。
 続編は今のところ本国では刊行されているようですが、日本ではまだのようですね。
 面白かったので、ぜひとも出してほしいですな。ハヤカワさんお願い(人∀・)タノム
 トマスの殺された奥さんエヴァの事件の真相も気になりますし。
 まあしかし、主人公は弱っちかったね。とてもハードボイルドではない。やられてばっかり。ただのオッサン。
 トマスの齢は正確にわかりませんが、40代後半から50代なかばくらいですかねえ。
 主人公がムチムチ鉄壁というのも、あまり昨今は流行らないか。こういうほうがいいのかも。
 それはともかく、作品全体を暗く覆う北欧の犯罪事情はどうだろう。怖いね。
 やっぱり東欧系の方々が移民としてやってきているのはいいとしても、様々な問題が生じているのでしょうか。
 そこらへん、極東の住民として想像もしていなかった事実が明らかになるというのも社会小説のようで良かったです。
 移民問題というとイギリスやフランスに目が行きがちですが、超福祉国家というイメージしかないデンマークやスウェーデンでも、大規模にブラックマーケットがあると思うと(あとホームレスの記述の多さにびっくり)、生半可なイメージを持つのは無責任だなあと思うわけですね。


 
 
 
 
 

「住友銀行秘史」國重惇史

 住銀の闇は日本の闇。

 カネはいったん借りてしまえば借りたほうが圧倒的に強い。
 銀行も調子よくばんばん融資をしていたくせに、いざ相手が不渡りを出しそう、つぶれそうということがわかると、地上げ屋、仕手筋のようなところに日本の一流銀行が融資をし、挙げ句につぶれてしまったという体を世間にさらしたくない。
 そこで追い貸しをする。借りる側もそれを利用してカネを引き出す。
 闇の勢力はまるで住銀を財布のように使ってカネを引き出していたわけだ。


 面白かった。読みだしたら止まらず、一升瓶を傍らに空が白むまで読んだ。
 下手なエンターテインメント小説、いや上手なのよりもよほど面白い、迫真の経済事件ノンフィクションです。
 といっても私は前に「イトマン事件の深層」という本を読んでいて、本書の内容であるところの戦後最大の経済事件といわれる「イトマン事件」の概要を知っていたからこそ面白かったのかもしれません。土台が出来ていましたからね。
 本書はいわば「イトマン事件」の主な舞台である住友銀行の内部のネタばらしであるので、事件のことをまったく知らない方が読んでも醍醐味は薄れるだろうなあ。しかし、ぜひとも予習をしてチャレンジするべきだと思います。
 本書にはそこまでする価値があると思います。

 イトマン事件というのを、私なりにざっくり言いましょう。
 伊藤萬というのは繊維を扱う中堅商社で、経営不振に陥り、メインバンクであった住友銀行が人員を送り込み、経営を再建しました。このとき、社長として送り込まれたのが、住銀の天皇と言われた住友銀行の磯田一郎会長の腹心の部下であった、河村良彦常務でした。
 余談ですが、河村常務は確か高卒であったと思います。住銀は実力主義の銀行であり、他にも高卒の取締役がいます。
 イトマンは、河村ワンマン体制のもと、多角経営に乗り出し、不動産に大きく注力しました。時はバブル景気の頃です。
 これが一時の成功の種であり、破滅の種であったと言えるでしょう。
 イトマンは不動産取引を縁として、闇の勢力に取り憑かれることになります。
 取り憑いたのは、自称不動産のプロである詐欺師・伊藤寿永光と在日韓国人フィクサーの許永中。
 ここが一番の謎なのですが、河村イトマンは怪しげな伊藤寿永光を会社の取締役として雇用しました。まさに獅子身中の虫となることも知らずに、こんなにあっさりと騙された。海千山千の住銀の遣り手バンカーがですよ。
 裏で何があったのか。これは今でもはっきりとしていません。
 磯田会長の娘さんの黒田園子さんは画商をしており、伊藤寿永光や許永中は絵画を高額で買っていました。
 後にこの絵画取引は、検察による捜査の突破口となるのですが、これが事件の発端であるのか経過であるのか判然としません。まあ、私は詐欺師にかかわらず強引に人間関係を求める人間がよく使う手口ではあると思う、身内を攻めて恩を売るというのはね。
 で、伊藤寿永光のやることは万事が絵空事の不動産取引で己のためにイトマンのカネを湯水のように使ったわけです。当然、バブルは弾けますからカネは足らずに親である住友銀行からも引っ張ってきました。すっかり河村社長も取り込まれており、住銀は身内である河村の言う通りろくに審査もせずにカネを融通していました。気づいたときには手遅れでした。結局、住銀は5千億円くらい騙し取られていたのです。
 住銀の内部の有志が「これはやばい」と動き出したのが1990年3月からで、磯田会長が辞任し、1991年1月25日に河村イトマン社長が取締役会議で電撃的に解任され、7月に河村元社長、許永中、伊藤寿永光らが逮捕されました。
 これが極めてざっくりですが、イトマン事件の一連の流れです。

 本書は、この一連の事件の流れで住銀内部に何が起こっていたのかを白日のもとにさらした暴露本です。
 事件から半世紀経って関係者の多くが物故したからこそ、世に出せた本です。
 ただの暴露本ではありません、著者は住銀内部で事件を至近距離から見ていた人物です。
 いや見ていただけではありません、陰の当事者であり、事件を大きく動かした内部告発者です。
 著者こそが、「あれは誰だったのだろう」とずっと正体不明であった大蔵省やマスコミ、銀行関係者に怪文書を送りつけて事件を明るみにした“X”の張本人であったのです。本来ならば墓場までもっていくはずの秘密でした。
 それだけに読み応えがあった。
 行内での権力闘争、陣取り合戦などイトマンを巡る状況は一刻の猶予も許されないのに、銀行内部では己の保身に汲々とする生々しい人間の性(さが)が描かれ、その体たらくに著者の熱い怒りが湧き上がります。
 河村社長電撃解任の下りは、思わず手に汗握った。
 それだけに、一見、調子のいい著者の書きっぷりも、ラストのオチを見ればしみじみとしてしまう。
 まるで半沢直樹のようだと思ってしまいました。
 これがもし、万が一著者が住銀の頭取にでもなっていたら、明かされることのなかった話なんですけどね。
 悪いヤツは当然追い出されると同時に、銀行のためとはいえ、あまりにも頑張りすぎた人間もけっして浮かばれることがなかったという。これが現実なんですね。
 結局、あとがきに書いてある通り、あまりにも頑張りすぎた著者は出世のハシゴを登ることはできませんでした。
 でも、著者はいま70歳過ぎですか、笑いながら臨終できると思います。それでいい。羨ましい。
 
 闇を覗くものは、闇に覗かれている。




 
 
 

 

「帝国陸軍に於ける学習・序」富士正晴

 わたしは一兵卒として戦場に送られることになった。
 一期検閲すら受けていないで戦場へ向けられるとは何という軍の焦りであろう。
 征っては忽ち困るような家庭の奴に限って送られる。子沢山の炭坑夫、水呑百姓、小商人・・・
 ボロ中のボロ、兵隊としての不届者、役立たずを、第一線に送って何になるのだろう。
 生活に余裕のある者は、軍隊のあちこちに縁を作って、物質で丸め込むことができるのである。
 こんなもんじゃよ、世の中はなあ、と気にせず炭坑夫がいう。
 困っている者が損なくじを引くんじゃ、それが運命というもんじゃなあ。
 こりゃあ、日本は敗けたなとわたしは思った。


 竹林の隠者と呼ばれた富士正晴が自身の戦争体験を綴った戦争文学集。
 彼は中等学校卒業生以上が志願できる幹部候補生の道を断って、ただの一兵卒として召集されました。
 しかも30歳を過ぎてから、老初年兵として、20歳を過ぎたばかりの下士官兵に小突き回されながら。
 彼は、戦場の俯瞰者に徹することで、理不尽な戦地生活に耐えました。
 中国戦線の最前線へ送られるにあたり、彼が抱いた戦地生活信条は次のようなものでした。
 戦時強姦はしない。悲しいにつけ、よく食う。苦しいにつけ、よく食う。嬉しいにつけ、よく食う。
 彼は銃の手入れさえ満足に出来ない、兵隊としてはまったくの落第者でした。
 使えないことはすぐにバレ、配属された機関銃中隊の弾薬手の任務はたちまち解かれ、駄馬隊の馭兵を命じられました。主な仕事は、朝食の用意、携行食の用意、水くみ、馬の餌付けでした。
 メシを焦がして足蹴にされ、気に食わないからと10歳も若い上司にビンタされる毎日。
 戦場最下層の任務に甘んじながら、インテリのルンペン兵は、部隊が殺人強盗強姦空巣放火人さらいする様を、軍隊に染まらぬまま空気のような存在で俯瞰し、居眠りし、考え、記憶し、生きて還り、戦争文学に昇華させました。
 現在の我々では想像することさえできない“思考”がここにあります。

 召集されるまでの出来事を描いた表題作「帝国陸軍に於ける学習・序」ほか8篇。
 「崔長英」は徴発した苦力(くーりー)について。民間の支那人に荷物運びを無理やりやらせるのです。
 「南雄の美女」は、戦時強姦の罪で南京の軍刑務所に服役したために二等兵からやり直しさせられている古兵の話。中隊秩序外的存在である彼は、中隊の宿舎に女を連れ込みます・
 「素直な奴」は、風紀の厳しい南支軍の管轄から苦力を徴用したのですが、こいつが馬鹿正直なやつで・・・
 「傍観者」は、敗戦の翌年、武装解除されて兵隊は「日本徒手官兵」というのになりました。作者は堅物の上等兵の助手として鳥小屋の番人をやらされます。
 「足の裏」は、眠ること、食うこと、廃屋で見つけた三文本を眺めることだけが楽しみだったという作者。
 「死ぬ奴」は、同じ30歳を過ぎて召集された同年兵との会話。最後の文章の意味は、松田は戦死したということで、なお松田が生前気にしていた大阪の遺族の安否を作者が気にかけているというブラックな印象を残しています。
 「童貞」は、分隊長だった紅顔の美少年・増原伍長の話。まさに戦争文学というべき文学性の高い作品。

 印象に残ったのは、暇だったので支那人の捕虜に空気注射をして死ぬかどうか試した軍医の話、母牛から引き離した子牛を調理のためにしのびなく殺す話。なんともいえない怖いというか、切ないというか。
 やはり戦争はしてはいかんと改めて思うとともに、人間の質が荒い時代性も感じました。
 人間が現代と違って荒っぽいというか程度が低かったから戦争というものが起きたのだろうと。
 そして、戦争が人を変えたというのもあるでしょうが、こういう人が多かったからこそ戦時強姦が起きたのだろうと。
 作者は戦地に赴くにあたって戦時強姦はしないと誓いますが、ということは内地においてもそういう話は聞いていたということでしょう。もちろん当たり前だから仕方ないことではなく、治安区と呼ばれる地域では現地人の毛糸一本盗んでも厳しい処罰が待っていました。行儀の悪いのもたくさんいましたが、それでも日本兵は支那兵やロシア兵に比べては格段に人間的レベルが高かったと思います。
 これを読むと、読んだ人にしかわからないでしょうが、慰安婦問題というのは今の日本人に問うても意味がないと思いましたし、そういう問題を提起すること自体が、実際の戦争を知らない現代の人間が金が欲しい及び日本が憎いためだけにやっている嘘ではないかと思いました。


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